クマモト日記
〜「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」(江副浩正・リクルート創業者)〜

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kumamoto

Author:kumamoto
性別:男性
誕生日:1979年5月24日
血液型:O型
出身地:福岡県

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「面白い英会話教室」
昨日は、問い合わせがあった「ハミングバード英語学院」さんに営業に行って来ました。ここの英語教室はちょっと違います。
普通英語教室というと、外国人の先生がいてマンツーマンかグループで会話の練習をすると思います。その会話もレベルがあり、徐々に段階を上げていくというもの。

しかし、このハミングバードさんの特徴は、「発音&英会話」なんですね。「発音」です。そう、徹底してアクセントや空気の漏れ方、口の動きや舌の力加減まで教えます。きちんとした発音が出来なければ、きちんとした会話も成立しないという考え方からです。

そこで、どうやって正しい発音を教えているかというと、なんと歯科技工士が使う「義歯」を使って教えていきます。A,B,C,D…と口がどう変化しているのかその義歯を使用して教えます。また、自分の口の動きをビデオに撮って確認もしていきます。徹底して発音を覚えていくことで、流暢に話せていくんですね。歯の矯正があるように、発音の矯正みたいな感じです。

色々お話を伺っていると面白い発見ばかりで楽しかったです。
日本でもこのハミングバードさんしか、義歯を使用した徹底した発音練習は行っていないそうです。語学教室、教師や将来塾などを作りたいと思っている人には、ぜひ取材に行ってみるとよいと思いますよ(取材してみたい方は、隈本までご一報を)。



前回福岡女子大学Nさんから、「どうしてFUNで営業を始めようと思われたのですか?」という質問がありました。いつもありがとうございます。

広告営業自体は、僕だけが始めた訳ではありません。2004年の9・10月頃から本格的に始まったんですね。だから、僕が3年生の秋からです。そのため僕達の1こ上の先輩(ootukiさんの学年)もしていましたし、僕達や今年4年生になる人(当時2年生)たちもしていましたよ。

広告営業が始まる前までは、部費の一部で印刷していましたから、多分300部を前後するくらいにしかなかったんですね。(forFUN創刊号は、80部だったそうです)
僕が入部したのが2004年4月だったのですが、当時の雑誌は表紙も白黒であり、大きさもA4と今よりもちょっと多きかった。取材数も30社くらいでした。そして、7月号に表紙がカラーになり、秋に広告営業が開始されたのです。それから100社200社を超え、そして今では300社に近い取材数にまでなっています。つまりFUNが創設されて、福岡の企業300社と接点を持っているんですね!すごいことです。

また、内容もレベルアップし続けています。

この雑誌をもっと多くの学生に知ってもらいたいという思いとサークル内奨学金を作ろうと考案してくれたのが顧問のKさんからでした。2004年8・9月頃。それからですね。みんなが徐々に活動をし始めたのが。

また、なぜ僕が現在もこの「広告営業」をしているのかってことですが…。
学生が学生の視点で情報を発信しているところだからです。必要としている読者がいるし、社会的意義があると思っているからです。「将来何をやったらいいのか分からない」と言う学生がいる中、社会への可能性を感じ夢を与え、また社会へも応援する活動があるからです。
日本全国探しても誰も「企業取材」という活動はしていないし、30号という部数を発刊し続けた活動をしているのは多分FUNだけでしょう。福岡の小さな会社でもやる気があり情熱を持って働いている社会人をもっと応援したいと思っています。地元の人たちにも応援されているとさらにforFUNへの愛着が出てくるんですね。だから、広告営業をしています。

初の営業経験は、3/23日のブログに書いていますので、参考にして下さい!失敗の連続です。
また何かありましたら、いつでも書き込んでくださいね!

ピアノから
昨日のブログについて、保育士の資格を取るために始めた「ピアノ」で思い出したので、書きます。
もう今は習っていないものの、今週の日曜日に僕の先生の発表会がありました。先生が教えている生徒さんの年1に1回のある発表会で、20人くらいの人が参加していました。

生徒さんは、小さい子は3歳から大人は50歳以上の社会人や主婦の方達までいらっしゃいます。レベルはそれぞれ違いますが、その真剣さは一緒。発表会なので、競い合うこともなく、みんな自由にのびのびと一年間の成果を出し切ります

子どもは、オシャレにドレスなんかを着てはしゃいだりしている中、「発表会」という久しぶりの舞台で緊張している大人の差をいつも感じます。という僕も3年前に2回ほどステージに立って弾いたことがあるのですが、かなり緊張しました。手が振るえてました…。

そこで思い出したことがあります。

今週で最終になる「面接塾」で、いつも行っている模擬面接中にある男の子が吹奏楽部に所属していると話しました。
そこでの困難なこととは、一人での練習中は、自由気ままに吹くことが出来るが、全員と揃えて吹くと、呼吸やタイミング、音の強弱を周囲と合わせる困難さが生じてくると話してくれました。一人で練習してきただけでは、なかなか成果がでないということです。

そのため全員が思い通りの曲を吹けた時は、相当嬉しいそうです

また、ある女の子は、3歳からずっとピアノを習ってきているそうです。時々辞めようと思ったこともあったそうですが、21歳の現在も続けている理由は「楽しいから」だそうです

僕も2年近くピアノを習い、ピアノという素晴らしさや楽しさを知ったのですが、その10年や20年続けている人の言う「楽しさ」とは全く別のものでしょう。また、他の楽器と一緒に弾くことはありませんでしたが、みんなと共有する音楽を弾ける楽しみも素晴らしいものでしょう。

それはきっと僕が感じなかった苦労や悔しさ、失敗や挫折を乗り越えていることだと思います。そこから弾くことが出来る「楽しさ」は、多くの人が知ることが出来ない境地の一つだと思います。

「ピアノしかしてこなかった」という人もいますが、「ピアノをずっと続けてきた」という継続力や忍耐は誰よりもすごいことです

広く浅く何でも手に付けることもよいですが、一つのことを深く深く掘り下げていることも大切です
どちらとも発見もあれば困難さもあることでしょう。しかし、どちらも「挑戦」していくことでその「楽しさ」は広がるものです

この先生の生徒さんは、小さい子どもも多いのですが、僕みたいに社会人になってから習い始める人も多いです。なので、どんな頑張りをして今回参加したのか、なんとなく分かる気がします。
2年ぶりに先生の発表会を聴いて、次に僕がどんな挑戦していくか心休め考えるよい時間を過せました。


Nさんいつもコメントありがとうございます。
「営業」についての質問は、また後ほどお答えしますが、僕も訪問販売くらいのイメージしかありませんでしたよ。なんせド素人でしたから…。でも大丈夫なんですね!
編入までとFUNとの出会い
福岡女子大学1年のNさん、コメントいつもありがとうございます。最近は取材活動バンバン入ってますね!1年生のうちから本当にすごいです☆4年生になったら、一体何社取材していることでしょう…。この前は、司会もお疲れ様でした。


僕がなぜ編入してきたのか、もう2年前のことになりますが、ご質問がありましたので、ちょっとお話しますね!

高校卒業後、浪人しました。当初は理系の学科や心理学を希望していました。が、希望の大学には合格はしませんでした。そんな中、母親が持ってきてくれた家の近くの短大のパンフレットを見て受験し、受かったのでこの介護福祉士を養成する短大に入学しました。しかし、もともと介護には全く興味はありませんでした。そのため、この短大に入ったのだから、介護というだけの分野だけでなく、もっと広い「福祉」というものがどんなものなのかを勉強してやろうと思い、1年生の夏からボランティアや障害のある家庭にお邪魔し、色々とお話を伺ったりしました。また、施設見学をさせて欲しいと電話をしたり行事に参加したりしていたんですね。

今の社会のことを知るために「企業取材」をしていますが、似たようなもので、福祉のことを知るためにそれに関わる人に会いに行っていました。
そこでの2年間は、バイトや遊びばかりにほうける学生とは友達になれず、ひたすら経験を積むことを重視して活動していました。こんなことする学生は、60人いた学生の中で僕1人でした。

そんな中、衝撃な体験に出会ったのです。それは、ほんのちょっとした行動ことだったんです。
ある地域のボランティアで付き添いに行った時、僕の担当は、当時小学校5年生の知的障害の女の子でした。その子は、人と一緒にいるというよりかは、公園の隅っこで砂や木の枯葉を使って一人で過すことが多く、自分から発言は滅多にありません。

その子のお母さんが、別のお母さんの赤ちゃんを抱いて、そのちえちゃんに近寄り見せようとしたのです。

僕はとっさに「危ない」と思いました。「知的障害」というだけで、叩くか人形のようにあしらうのではないかと思ったのです。またはこの子によくある暴れることをするのではないかと…。しかし、ちえちゃんのとった行動は、いたって僕たちと同じようにその赤ちゃんをかわいらしいという表情と素振りを見せていました。
この時、自分の未熟さを思い知らされました。この知的障害という人たちは、とっている行動は意味不明(僕にとって)なところばかりだが、この人たち自身にはきちんとした感情や思いがあるのだと気付きました。今では当たり前のことですが、当時の僕は自分がどれだけこの方たちに偏見の目を持って見ていたのか、自分自身へのショックと知的障害という分野への興味が湧いてきたのです。

それからまた、学校の先生からの紹介で、ある知的障害の施設の施設長さんを紹介してもらうことになりました。その方は、「知的障害」の分野ではとても長く、全国を飛び回って講演などもされている方でした、と後で知りました。
紹介されたその日の夕方、「今からちょっと付いて来るね?」と行き先も知らされず、付いて行きました。
それは、荒れに荒れている僕と同じ年の知的障害の女の子に会いに行くというものでした。知的レベルが高く相当能力がある子でびっくりしたのですが、なんと3日に1回しか寝ないような状況で、感情の起伏が激しく勝手にタクシーに乗り行方不明になることもしょっちゅうという状態でした。
一度は、事件までに巻き込まれそうになったこともあり、親もどう対処してよいのか分からず、大変な状況だったそうです。そんな状況の中、この施設長と出会いその子の状態をよい方向へ持っていこうとしていたのです。

その施設長の姿勢は、どんな困難な状況の人でも絶対根気欲接していれば、必ず打開策があると言って、全国の障害者の中でも特に問題行動が激しい人だけを取り扱っています。

そして、この女の子にも1日のスケジュールを作ったり地域住民への声掛けをしたりして、一緒に寝泊りしながら24時間体勢で見守っていました。そんなところに僕が来たのですが、一番荒れている時期に僕行ったので、驚きとショックと家族の大変さを知りました。結局その日は、付いて来いと言われた夕方から次の日の朝までずっとその子の見守りをしていました。

その時、その先生の絶対に諦めない姿勢が、この「知的障害」の魅力をさらに引き込まれた理由でした。

たまたまその年に、この施設長が、西南大学の社会福祉の教授をすることになったので、この人の下で勉強したいと思うようになり、短大から大学編入を思いたったのです(3/25のブログ写真の方です)。

しかし、卒業してすぐに行けるものでもなかったので、まずお金を貯めるために老人介護の仕事を始めました。仕事をしながらでも編入試験のために勉強したり、当時保育士資格も取ろうと考えていたので、ピアノも習いに行ったりしました。その先生の下で勉強したい気持ちが強く、遊ぶことよりもずっと貯金をしていました。1年半そんな生活をしていました。

無事合格し、3月いっぱいで仕事を辞め、2004年の春に編入という形で3年生から入学したのが、それまでの経緯です。

ちなみにFUNとの出会いは、入学して1週間はどこの大学でもオリエンテーションがあっていると思いますが、その期間中に知りました。大学の遊ぶ雰囲気に幻滅したことと福祉以外の社会のことももっと知りたいと思い、勉強できるサークルみたいなものを探していました。

すると、オリエンテーション最終日の金曜日に就職課前を通ったら、「一発逆転人生」という怪しいチラシや当時白黒のforFUNがあり、「企業取材」と書いてあります。「?」なんじゃこりぁ、と思いつつ社会の勉強はできるだろうと思い、問い合わせ先(usioさん)にメールしました。そのメールの対応さにサークルの真面目さを感じたのと、初めてビジネスカフェに行った時の【ライフプラン】(今FUNマネー塾第一回目の内容)をして、こんな勉強がしたいと思い、入部を決意しました。

というのが、僕の大学編入までの流れとFUNとの出会いです。

FUNに入部してからの自分がどんなだったかは、また後日書きます。全然今とは違いますよ!営業というものもFUNに入ってから知ることになりましたから…。

どうですかNさん、経緯は分かりましたか?また何かありましたら、どんどん聞いてくださいね! 


プレゼント
朝8時にブログ掲載したサプライズ企画は、今までお世話になったkozimaさんとootukiさんへの4年生からの感謝の気持ちを込めた物でした☆ 日頃の感謝の気持ちとこれから社会人になる意気込みなどを伝えました。 ちょうど1週間前に思い付き、企画し急ピッチで準備してきた。卒業式、旅行、研修、ゼミとお別れシーズンでどの4年生も忙しい週でした。


本来なら手紙を考えるところですが、僕たちイラストレーターを使える者としては、1冊のforFUNのように「冊子」にしてしまうのもいいじゃないかと思いたったことが発端でした。 実際に旅行や研修等で連絡が取りづらい中でしたが、メールでなんと14人のメッセージを頂き、完成することが出来ました。


中には移動中でパソコンが使えない人は、携帯メールからワード一枚分を送ってくれた人もいました。 短期間でこの忙しい時期によくここまで4年生が原稿を揃えてくれたという思いがあり、また同時に部員の結束や底力というすごさを感じることも出来ました。なので、出来上がった冊子はforFUNと同様に感動してしまいました。 編集をしていて感じたことは、一人の力は小さくともみんなで合わせれば出来ないことはないということです。1週間という短い時間でも力を合わせれば24ページほどの冊子が作れるということです。


つまり、60人いる部員が雑誌forFUNに少しでも力を合わせればどうなることか?すごいことになりますね。取材や編集、デザイン、イベント…みんなで一つのものを作っていくと、みんなの意識が上がっていきます。意識が上がれば質も上がる。質が上がれば見てくれている人により多くの感動を与えることになるでしょう


今は60人のサークルなので、協力してくれる人はたくさんいますが、ずっと支え続けてくれているkozimaさんとootukiさんは、たぶん僕たちの知らないところでの大変さもあったことでしょう。2人がいなければこのサークルも維持していなかったかもしれません。そう思うと、ここまで大きなサークルになっても安定して活動がされていることに感謝でいっぱいになります。

このことは、サークルを卒業していく4年生全員が感じていることです。 僕たちの活動は、みんながそれぞれの目標に進むという方向性を持ったサークルです。卒業はして社会人という中でこの方向性をみなさんと一緒に成長させていくことがこれからの楽しみです。 4年目にはいるこのサークルの顧問をして頂いているkozimaさん、とこのサークルの可能性をさらに高く広げてくれるインストラクターのootukiさん、素晴らしい学びの時間と仲間を本当にありがとうございました。

写真を見たい人は

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サプライズ企画
とうとう今日が4年生が集まる最後のFUNゼミとなるでしょう。

実際にもう研修や仕事が始まっている方もいて、なかなか会えない状況がとても寂しいですね。

ということで、隈本先週1週間前からサプライズ企画を考え、4年生でこっそりと実行してまいりました。

そして今日のFUNゼミでサプライズ企画を実施致します。

ので、夕方またお知らせいたします。

「スタート地点」
福岡女子大2年のTさん、筑紫女学園3年のKさん、いつもブログを読んで頂きありがとうございます。休まず書き続けますので、応援よろしくお願します☆

今日は朝から2000人の学生と父兄の皆様、そして学長達が集まり、僕のために「独立式」を行って頂きました。にぎやかな着物やらお花やらみなさんに祝福され、感謝の気持ちでいっぱいです。と、卒業式でたまたま一番前の席に座ったので、そう思っているだけです。

僕は、いつも儀式というのが苦手です。正月、成人式、入学式、卒業式、結婚式、葬式…。

日本の伝統や文化やその時々の節目を作り感じる、と言えばそうなのですが、あのかしこまったやり方がなんとなくマンネリ化したような、わざらしさというか、感動させるようししている、そんな感じがして嫌なのです。

友達が葬儀屋で働いていたこともあり、特に葬式は、苦手です。音楽も、一つ一つの言葉や、手順も悲しませたり泣かせたりする演出がたくさん仕掛けられているそうです。葬儀自体今に始まったことではないのですが、何か自分に納得しないことが多く、いつも客観的に見てしまっています。

なので、今日の「卒業式」というお別れのイベントではなく、僕にとっての「独立式」だと置き換えて、また母親も来るので出席しました(初めは行かないつもりでしたが…)。

独立=スタートです。

飛び込んだこともない世界に来ました。という実感はありません。

いつもやっている活動をこれからもやるのみです。電話、説明、営業、提案、読書、移動はバイクで、家に帰ったらパソコンに向かう…。それだけです。

学生と社会人と聞くと、確かに違うように聞こえます。しかし、やっている内容は、大して変わりません。変わるのは周囲の目だけです。学生が勉学をするのは当たり前ですよね。それと同じで、社会人が仕事をするのも当たり前のことです。つまり、勉学と仕事の内容をどう捉えているかで、この「当たり前」が変わってきます。
僕は、「将来のための修行」と考えているので、一緒なのです。
ということは、学生=勉学=将来のための修行=仕事=社会人、どう頑張るかという質的内容は一緒なんですね。
なので、今日の独立式をみなさんに祝ってもらったからといって、明日から特別な日が始まるのではなく、学生時代にやってきたことを社会人でも同じ姿勢でやっていくだけのことです。また、学生時代にしてきた失敗も含めてさらに高い目標に望むだけです。
この当たり前のレベルを高めようとするのがFUNの活動です。このブログを書いているのも、当たり前のレベルを上げる一貫として書いています。
だから、学生時代に頑張った人は、社会人でも当然頑張っていくのです。社会人になったらバリバリ働くのではなく、今からバリバリ勉強やサークル活動、就職活動、アルバイトなどをやっていれば、おのずと社会人でもバリバリなんですね!節目がスタートではなく、「今」どう考え行動するかがスタートなんですね!スタート地点は、今ですね



僕の尊敬する野口先生です☆

この先生のゼミに入りたく、大学に編入したようなものです。1年間のゼミありがとうございました。

ゼミの先生との写真

「他己紹介」
今日も新たな発展の日々でした。週に4回も行われている面接塾。
実は今日の講師は、大月さんだったんです。急きょ決まった中、第2回の内容を見事講義されました。今までの小島さんの講義と違い、大月さん自身が大切だと思ったところや体験してきたことを1時間に渡り話してくれましたので、とても新鮮な感じでした。本当に何をやってもできる人ですね!お疲れ様でした。

さて、今日の面接塾のグループワークでは、今回初めて取り入れた「他己紹介」ということをしました。これは、自分の長所や強みなどを話す「自己紹介」ではなく、他人のことを紹介するというもの。

ルールは、2人ペアとなり、発表者と紹介される側の役を決め、5分間自由に話す時間が設けられます。終了後は、発表者が2分間で相手の方がどういう人であるかを紹介するというもの。と、内容は簡単。

慣れぬ中、僕を含めた4人が挑戦。初めは5分間で何を話したらいいのか分からなかったり、2分間でどんな風に紹介したらいいのか難しかったりした。

しかし、「量をこなせば質は上がる」とあるように、繰り返し「他己紹介」をしていった。すると、初めで出来なかったところから、徐々に改善点も見つかり相手のことを聞き出す質問を工夫したり、時間配分をしたりするようになった。また、2分間のスピーチも要領を得て話すよう意識していったら、伝わり方が変わってきた。

何でも初めてのことは不安であるし難しい。また、何をしたらいいのか分からないのが普通である。その時、出来るようになってからやるのでは、練習時間もなくなっているだろう。分からないながらも何度もすることで、今回の初めて行った「他己紹介」もたった1時間でどんどん上達していった。

他人を紹介する難しさ、相手のことを聞き出す質問の難しさ、そしてスピーチ。しかしそれは、面接塾の日々の挑戦と工夫で克服が実感されていくものなのだ。今日の発見だった☆
早朝9:30、春休みというのに赤坂ベローチェに集まったのは、西南大2年Tさん、福岡女子大2年Kさん、西南大1年Hさんと僕だ。雨の中、目をきらきらさせて参加してくれたメンバーは、【営業研修会】の参加だった。



2004年のこと
営業研修会…、それは僕が一昨年の10月に初めて教えてもらったアルバイトだった。それまで、『広告』というものがどんな意味を果たしているのかさっぱり考えたことがなかった。西新ミスドで15分の個人レッスンを受けた。

「この雑誌が、地域に貢献できる!」

学生情報誌がそこまでできるのか!   ならばやってやる、という気持ちになった。
僕はいつも勢いがいい。説明終了後、殴り込みのように閉店前のプラリバに突入。

が、18店舗全敗だった。行く先々、「間に合っていますから」「結構です」と断れ続ける。
「なぜ、forFUNの良さが伝わらないのか」「なぜ、話しを聞いてくれないのか」自分に問い掛けるも悲しんだり悔しんだりはしない。

ラグビーでいうのなら、自分より身長のでかいヤツにタックルするような感じ。

そう、はた目から見れば無茶と思われることも僕にできると思ったら突っ込んで行きたくなるように、forFUNの可能性を考えるとまだまだこれからが勝負だと感じた。
次は、商店街だと意気込む。が、夕方20時を回ればどこの店も営業マンの話しなど聞くはずもない。結局商店街も断られ、合わせて40件近くのお店の方から断られたのが、生まれて初めて「営業」を味わった思い出だ。



そして、あれから1年半が経ち、昨日は3人の部員に「広告営業」を教えた。やる気のある学生だ。forFUNの可能性や魅力、営業での楽しみ、そして僕の独立のこと。たぶん、聞いたことはあるかもしれない。でも、僕が長期的なビジョンを持って語ったのは、初めてである。

説明後、準備を整えて、いざ出陣。

まず、ケーキ屋さんに飛び込んだKさん。さすが、部員年数が長くFUNの説明はすらすら言える。普段の丁寧な話し方から、はんこ屋でも担当者からのいい反応を頂いた。

次に営業したのは、西南のTさん。「緊張する!」と言っても目が輝いている。まず美容室へ、それからズボン屋、損保、オンワード、キタムラ、スーツ、PC教室と次々の飛び込んで行った。たどたどしかった営業トークは最初だけで、3、4社目からは、自分のペースを掴んで話せるまでになった。最後は、断られても簡単には諦めず、少しでもforFUNの良さを伝えようと食い付くいて話していた。すげぇ〜

Hさんもタバコや飲料水で有名なJTに乗り込んだが、残念ながら担当者不在だったが、営業に対する気迫が感じられてすごかった。まだ1年生なのに…。

途中で合流した西南大4年K君は、今回2回目だが、とても慣れていて笑顔にこぼれるそのトークで、支店長が「本社に伝えておきますから」という返答をもらった。さすが、部活根性は営業では強い

ざっと書いてもたった1時間半の営業研修会にはドラマがあった。人の成長があり、克服する工夫もあった。中には、コツを掴んで分析する人もあった。全く僕の心配はなんだったのか。

自分を変えよう、成長させよう、forFUNをもっと広めたい、もっとサークルの活動に参加したい、そう思った時、活動の一つである「営業」をやってみるのもいいかもしれない。
もれなく度胸と勇気、そして今までに感じたことのなかった自信とforFUNへの愛着が付いてくる。
【営業研修会】に参加したい人は、僕まで連絡下さい。みんなでどんどんforFUN盛り上げていきましょう!やったことないから、面白いことがたくさんですよ★
「可能性」
2年間という学生生活は終わってみれば、あっという間だった(誰でもこう言うのだろうが)。その中で何を体験し、経験したのだろうか。
僕が可能となったのは、テレアポ、ブラインドタッチ、HP作り、イラストレーター、名刺作り、記事校正、編集、読書、スピーチ、会計の知識、営業、提案、イベント…だろう。大学生でも、社会人でもFUNしかできないことを体験してきた。そしてこの最大の経験は将来の可能性を広げたことであった。

forFUNの可能性を最近考えてみた。学生が自ら作るというこのforFUNには、魅力がたっぷりだ。
文章(活字)に興味がなかった学生も、いつの間にかパソコンで打っていたり、興味や趣味が自分の強みとなったりする。今まで考えなかったから、初めは「無理」なんじゃないかと思うことも、forFUNを使えば可能となることはたくさんある。こう書いている自分も「活字」は大嫌いだった。が…、書いたものに読者の声が聞けたときは何よりも嬉しい。

以前あるカウンセラーの取材を行った。その掲載号を手にした就活生が家に持ち帰り、台所に置いていたそうだ。数日後、その雑誌を目にしたお母さんが、このカウンセラーの記事を読んで気になり問い合わせをしたという。そして、今ではこの学校の受講生になって勉強されているそうだ。
そう、いつの間にか僕の書いた文章が人の心を動かし、さらに行動させてしまったのだ。と、数ヵ月後に後輩から聞かされた(こういう嬉しいニュースは、早めに伝えましょう)。

そう、forFUNは僕の未開の地に可能性と共有する感動を与えてくれた。さらに、forFUNを自分と雑誌だけでなく、forFUNと読者と見ると、この可能性は、600倍の媒体となり叫び続けてくれる。つまり記事や掲載とは、僕の分身なのである。

そして、考える。遺跡から土器や木管が出土することがある。時には、1000年前のものが出てくることもある。ということは、forFUNも保存状態さえよくしておけば1000年後まで残り続けるかもしれない。100年後でもいい。自分たちが残したメッセージを今後ずっと読まれていく。自分たちが80,90歳になっても続いている媒体があると考えれば、本当にすごいなと思う。
紫式部が恋愛で悩んでいたのは、今の大学生でもあまり変わらない。ならば、現在将来のことで悩む大学生がいるならば、80年後もそれはあまり変わらないだろう。そうしたときに、「forFUN」がどれほどの価値になっているか。そう考えると、ワクワクしてくるしこんなのを作っている僕らってすごいとしか言えない。

将来は、紙媒体かどうかは分からないが、学生が学生にメッセージを発信していくスタイルは、これからずっと続いていくだろう。forFUNの可能性は、まだまだ計り知れないのである。もっともっとよい媒体としていくためにも、これからもみんなで力を合わせてよりよい雑誌作りをしていこう!
読書のあり方
昨日は、ブックオフツアーに参加してきた。
毎回買いすぎるので、今回は見学のつもりで買わないように決めていたのだが…、4冊買ってしまった。
この初の試みブックオフツアーの参加者は、部員もいれば部員外の人もいたが、FUNの良さは、その場で出会った初対面同士の人でも仲良くなれることだろう。

ツアー参加者が口を揃えて話すのが、FUNに関わっていると「読む本が変わった」ということをよく聞く。そして、僕も同感だった。
それまでは、詩や小説というのがほとんどだった。そして、入部してゴールデンウィーク期間中に呼んだ「金持ち父さん 貧乏父さん」は衝撃的だった。世の中こんな風にして動いていたのか、金ってこんな風に使うものだったのかと今までの自分の常識を壊された感覚を覚えている。

それからは、色々な本に出会うようになった。コミュニケーション、中国古典、企業経営、歴史、評論…。中でもなまってしまったのが、創業者の物語だ。

素晴らしい本をいつも紹介してもらい読んでいたのだが、実はお父さんの本棚を見ると同じ本が並んでなったことにはびっくりした。今まで自分がその価値に気付いていなかっただけだが、その名文を自分も読めていることに喜びを感じる。

最後に、なぜ僕はこうも読書をするようになったのか疑問に感じていた。しかし、それは昨日購入した本「本はどう読むか」(清水幾太郎:講談社現代新書)にその答えがあった。
「立派に死に、立派に生きるため」に読書はあるという。本を読まなくても生命だけで考えれば、生きることは十分できる。食べて寝て働いていれば、誰でも生きることはできる。しかし、自分の理想とする、こうありたい自分に少しでも近づこうとするならば、それは本が導いてくれる。

ビジネスカフェに参加しているが、まだまだ自分は「読み方」があまいとみんなの意見を聞いていて思う。「立派に生きる」ためにもこれからももっと本を読んでいこう。
「尊敬する人たちへ」
FUNの見学最初の日が土曜日(ビジネスカフェ)の【赤坂ベローチェ】だった。
そこにいたのは、4年生の先輩方や就活を控えた3年生ばかりだった。丸テーブルを4つくらいくっつけての3時間の勉強は、まさに刺激的☆
なんじゃこりぁ〜と叫びたくなるくらい、こんな勉強がしたかったのだ。その最初のテーマが、昨日お知らせした「ライフプラン」の内容だった。

当時の僕の印象を「すごく謙虚な方だった」と感想を言ってくれた人もいたが、しかし、それはとんでもないお言葉だ。僕からしてみれば、その学びの場全体を女の子たち全員でしきり、自分の意見をどんどん言っている姿に果てしなく意識が高いと実感した。ある人は、自分の夢を「でかい会場で講演会をしたい」だとか、副収入を得てマンションを購入するとか、スチュワーデスやアナウンサーになりたいとかはたまた社長になって不労所得を得たい…と、どんどん自分の夢や目標を語りだす☆☆☆

20歳の人がこんなにも自分の思いを発信するところは見たことがないし、自分には今までなかった環境だった。その雰囲気に圧倒され、鳥肌が立ったことを覚えている。

「ラジオ局を作りたいんです!」

と元気のいい声で話し掛けられ、僕と次元の違う世界の人かと思ったくらいだった。が、真剣だった。それがすごいと思った。何を言うにもここにいる人たちは自分に必死になっていたし、それに向かって進みたいという気持ちを持っていた。そして、それを他人に話すパワーも持っていた。その雰囲気は、試合前のスポーツ選手のように気合と気迫と自信を感じた。

脳みそが火山の爆発のように、僕の頭はぶっ飛んだ。そんな状況だったから、「謙虚」になるしかなかったのだろう。初対面の人の名前は覚えられなくとも、入部を決意したその時の気持ちは、はっきり覚えている。

そして、今や60人の巨大サークルになり、さらに今日は全国紙日経新聞の取材も受けるまでになった。
それは、一人一人のメンバーの凄さだと実感する。人それぞれいいところがあり、長所がある。得意な分野があり、物知りな人もたくさんいる。言葉は少なくても、詩や作品に掛ける思いがあったり、生活するためのアルバイトを頑張ったりしている。このサークルの全体像はあまり理解していなくとも、このサークルで頑張りたいという思いは誰もが一緒だ。
そして、どう活躍するかも自分次第である。ある人は取材、ある人は雑誌編集、HPの作りやイベント、そしてスピーチに海外留学や実習…。本当にすごい。一人一人が何らかの目標を持って生活をしていると、誰かが応援しに来てくれる。応援されたら、今度は自分も応援したくなる。こうやってお互いが切磋琢磨して協力しながら、意見を語り合い深め合い自分たちの長所や可能性をどんどん述べしている。それがFUNの最大の魅力=環境だろう。

入学して友達すらいなかったとき、このサークルに出会い、そして関わりあって2年。今も変わらずすごいと思うのは、部員の成長だ。取材アポをドキドキしながら取ったり、入学してきた1年生が堂々とみんなの前で話をしたりする。途中落ち込んだりはするものの、必ず毎回成長しているのだ。

だから、僕はみんなのことを「後輩」と呼びはするが、気持ちはいつもある分野の先輩であり尊敬できる人だと思っている。だから、その人の可能性を見つけるのが楽しいし、自分をもっと伸ばさなくてはとも思っている。

そう考えると2年間、僕がサークル活動で振り返ると【ただ頑張った】のではなく、みんなの【表情や反応が見たくて行動してきた】ように思う。みんなが頑張っているから自分も、というように。

だから、みんなにはたくさんの感謝の気持ちでいっぱいなのだ。
「3回目のライフプランから」
お金について深く考えることはあるだろうか。私たちが取り巻く学生生活にはアルバイトが収入元であり、そこから学費、遊び代、飲み代、移動費、教科書代…を使っていく。

そして普段の生活の中でアルバイト収入とは、一ヶ月の収入や時給を意識するが、どう使うかはさほど意識して考えないのが常である。

収入があれば当然何かに使っているはずだ。しかし、毎月月末あたりになれば何に使ったか思い出せないこともある。

僕の大学生活では、無駄金というのはほとんど使っていない、…つもりであった。
服はこの2年間買っていないし、コンタクトもお金が掛かるので眼鏡に変えた。
今までの知り合いの床屋は高いので、1000円でカットのみのところにも変えた。
外出してどこかでお金を使うということもない。が、支出は減らしたが、貯まったお金はない…。

マネー塾第一回では【ライフプラン】を作成した。社会に出てから毎年の給料(収入)と支出がどれくらいかを表に出すものだ。

思い返せば、2年前僕が初めてFUNに見学にいった時も赤坂ベローチェで同じ事をやった。当時は「就活」がメインの活動だったため、将来はどんな活躍をしているかとか、○○な人間になる、という目標なども記入する欄もあったと思う。
そして去年の今ごろにも同じようなことをしていた。つまり、毎年この時期【ライフプラン】を作成しているわけだが、今年で3回目。そして共通することが、いつもショックを受けているということだ。それは、自分たちが思い描いている社会人生活とは全く違い、収入より支出が超えているというものだからだ。
さらにショックなことは、この作成を3回目にして同じショックを味わっているということだ。この2年間で少しでも意識して行動していれば違った気付きや後悔があつたのであろう。だが、去年の今頃と比べても同じ感覚でいた自分にショックであった。

企業でも同じ事が言える。売上が上がったからと喜ぶことはできない。経費も同じように上がっていれば経営自体がうまくいっているが疑問である。
売上−経費=利益
がプラスに出ることが営利の目的であり、また利益率が上がっていることが企業の成長と見なされる。
ただ収入を増やせば貯まるお金も増えるという感覚は大きな間違いだ。
「収入を増やし支出を減らし、さらに利益率が伸びるようにするためには」という去年の僕の課題はいつしか忘れてしまっていた。

休日のお金と時間の使い方はその人を見るのにいい視点だといわれる。余暇の日こそ、その人が何にお金を投資し時間を費やすかで、人柄が分かるというのだ。

メルマガであった言葉の中から、
■夢がないから話せないのではなく、話さないから夢がない。
があったように、

■お金がないから貯金できないのではなく、貯金しないからお金がない。
■忙しいから本を読む時間がないのではなく、本を読まないから忙しい。


という言葉も同じように言えるだろう。
時間やお金についての勉強は、あまりにも身近にありすぎて意識しないこともある。が、こうして言葉にしてみると、現状から考えるのではないだろうか。

今学んでおくべきこととこれから学んでおくべきことがあるとすれば、このマネー塾は、社会に出てから学ぶより「今学ぶ」べきことになるだろう。

日本人は、お金についてはあまり口にすることではなく貪欲になってはいけないという風潮がないとはいえないところがある。しかし僕の持っている「ユダヤの商法」(藤田田)は、1972年に初版発行されてから1991年で268版も印刷されたものだ。このお金の儲け方について書いてあるこの本が長年人気なのは、実は日本人はお金持ちになりたいという欲求があるということでもあるだろうし、長年お金については悩んできたことの証拠でもあるだろう。

この2年間から見ても「お金」というのは財布や通帳の中で見えているようではあるが、その使い道や貯蓄というのは、相当意識して付き合っていかないとすぐに消えて忘れてしまうものだと感じた。将来、お金についての恐さを知るより、今きちんと向き合って考えることが大切だ。将来活躍したい、成長したいと考えている僕にとって、この「マネー塾」は夢への近道に気付かせてくれる1つのツールだ。お金の奴隷になるより、人生の成功の道しるべなのだ
これから社会に出て行く若者は誰でも知っておかなければならない、お金の知識。時代に関わらずお金に対する意識が高いのなら、迷わず「マネー塾」を受けよう。そして自分の生活面、行動、夢にどうすれば近道になるか一緒に考えていきたい。


yudaya


読者の集い
今日は、一ヶ月に一回ある「メルマガ読者の集い」の日だ。気に入っているメルマガからいくつかお気に入りを抜粋し、どこにどう考え共感したかを話し合う。みんなで語るのが大切な時間だと考えている僕にとって、楽しみにしている時間の一つだ。

以前読んだことのあるテーマでも、今また読み返してみるとハッと気付かさせられることもよくあった。それは、忘れていたのではなく、そのころの自分の思いを思い出したというのが本当であろう。「当初○○で頑張っていきたい」という感情を引き出すしてくれたようであった。

その中で、「メルマガ」を読み始めて、まだ一週間という人も参加してくれた。そして、最後の感想で、「自分たちの気持ちをみんなで共感し合う場なんて今までになかった。」と話してくれた。
僕はその感想が嬉しかった。
まだ読み始めて間もない方が、こうしてメルマガを通して同じ話題を話し合い、自分と他人の意見を通して理解しようとしていることは、本当に素晴らしいことだと思う。

それは、FUNに入部した時の動機を思い出したからだ。

ちょっとの自信とネガティブが入り混じっていた僕は、「自分をもっと変えたい」という思いから大学内でサークルを探していた。どれも遊びや飲みを訴えている中、タダ一つ目に止まったビラと雑誌がFUNだった。それから2年、たくさんの社長や人事広報や学生とも会って来た。会って話すごとにためになることも聞けたし自分もこの人のようになりたいという人にも会って来た。

しかし、今日のように「メルマガ」を通して語り合える時間は、他ではそう過せない。「自分たちが語ったり意見を聞いたりすることで、より多くの共感と学びなっていく。そんな場に出会えたことが嬉しい」という一言は、僕が初心に戻るということでもあった。僕はこんな場を求めていたんだ。FUNに入った動機「自分を変える」は、こういう場を求めていたのだということを思い出させてくれた。「初心者は、初心を忘れないものである」とメルマガにあったが、当時自分がそう思って入部したことに改めて気付く。

次の読者の集いでは、どんなことが聞けるのが楽しみですね。
初めまして
初めまして。

企業取材サークルFUNの隈本準一です。

初の書き込みで、以外にも緊張しています…。

このブログでは、タイトルにあるように自分の「営業体験」をもとに,日々どんな考えを持ち行動しているか、また「forFUN」の可能性とはどんなところにあるのかをみなさんと一緒に考えていけるブログにしていきたいと考えています。

そして、何かに挑戦してみたい人や実際に「営業」をしてみたいという人は、いつでも隈本に言って下さいね。
今までやったことなかったものに挑戦し達成する喜びをみんなと一緒に味わいましょう!

これからもブログを楽しみにしていて下さい。

よろしくお願します。

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