クマモト日記
〜「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」(江副浩正・リクルート創業者)〜

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kumamoto

Author:kumamoto
性別:男性
誕生日:1979年5月24日
血液型:O型
出身地:福岡県

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「スポーツ観戦」
FIFAワールドカップが盛り上がっていますね。

昨日は、日本対クロアチア戦でしたが、惜しくも引き分けに終わってしまいました。

ちょっと、残念な気もしますが、次回は勝ち点を取ってほしいと思います。



今日、日本だけではなく世界中で、スポーツが盛んになっています。

サッカー、野球、ゴルフ、バレー、卓球、マラソン、バスケ、ボクシング…

地域や時期によってその人気には波があっても、スポーツ自体に人気は衰えることはありません。


中学や高校では、毎日のようにしていたスポーツをしていました。

今考えると、あれだけ体を動かせた時期は、やはりあの時が絶頂だったように思います。

今はそういう環境を自分で作らないと運動なんてしないようになりました。

僕はスポーツや体を動かすことは大好きなのです。

そして、試合場で観戦することも好きです。

しかし、TV観戦することはあまり好きではありません。

なぜなら、同世代の人たちが目の前で頑張っているのに、自分はのこのこTVを見ている状況が嫌だからです。

応援したい気持ちはあるのですが、「応援=TVを見る」はちょっと違うと思うのです。

彼らも試合に出るまでの練習で、人並み以上に頑張っているのだから、自分も「今やらなきゃ」と思ってしまうのです。

なので、TVを観ていても、すぐ席を立ってしまいます。

実際ピッチに立っている選手は、自分たちの想像を超える練習をしているものなのですから。



今僕は、ほぼ毎日ランニングをしています。

健康のためというより精神を鍛えるために、と言い聞かせているのですが…。

走っていると、声援まではありませんが、そうした声を掛けられることもあります。

それはそれで結構嬉しいのですが、やはり自分が決めたタイムなどを達成したときの方が充実したものになります。

ただの観戦者ではなく、ピッチに立つプレーヤーとして活躍していきたいです。
「腰曲がりおじいさん」
ランニング4日目。

大分、体も慣れてきた。

走っていると色々な人がいるのに気付く。

音楽を聴きながら走る人、高校生くらいで運動部をしているような学生、妊婦さんの歩く姿も見られる。ローラースケートでとてつもなく早く走る人もいる。

みんな、健康やタイムの目的を持ちながら、走ったり歩いたりしている。

そんな中で昨日は、70代後半の腰の曲がったおじいさんが小走りで走っているのを見かけた。

「えっ!こんなおじいさんが!」と心の中で呟いた程、腰が曲がっていた。

あれだけ腰が曲がっているのなら、歩くのにもつ杖がいりそうな感じなのに、必死に走っていらっしゃる。

走るといっても僕たちの歩くペースと変わらないと思うが、それでもすごいと思う。


このおじいさんを見ていて、思い出したことがある。

一度、僕は膝を悪くしたことがある。

自分に合わない靴を履いていて、その負担が膝にきたみたいだった。

膝の痛みというのは、ただずきずきと痛むだけではない。

歩く時、次の一歩を踏み出したくなくなる恐さを感じるのだ。

そのため10m歩くのが、恐怖と思えるほどだ。

老人介護の仕事をしている時、よく「膝が悪いから」「歩くのが億劫だから」という声を聞いた。

その時は、ただ痛いだけなのだろうと健康な自分は何も感じなかったが、いざ自分が膝を痛めると、その人たちの気持ちがわかった。

そういう人たちにとって「外出する」というのは、一種の冒険のようなものだ。

例え外出しても、出先で足を痛めて歩けなくなったら帰ってこれないかもしれないし、他人の迷惑になってしまうことになるかもしれない。

だから、外出を控えよう…ということにもなる。


そう考えれば、昨日出会った腰の曲がったおじいさんは、とても元気だ。

しかも結構走り慣れている感じもあった。

どんなに年をとっても走ったり歩いたりできるのは、健康である証拠だ。

このおじいさんのように、僕も年をとっても健康で走ることができるようになりたいものだ。
「走る」
体を動かすことは大切です。

健康にもいいし、精神面にもいいからです。

しかし、10代〜20代前半は、誰かに「健康のために体を動かしなさい」とい言われてもあまり危機感を感じないものです。

僕も高校時代は、これでもかというくらい食べていても、筋肉はばんばん付くし、太ることがなかったので、健康とかに意識はらったことはありませんでした。



それから○年…、今自分の体力や体形は当時とはかけ離れたものとなってしまいました。

原付に乗るようになってから、体を動かすことは減ってしまい、歩くことすらなくなったように思います。

そこで、ここ1ヶ月前くらいから近所の山に登ったり歩いたりするようになりました。

とくに健康に意識をしたものではなく、ただ久しぶりにふらっと気分転換に歩くようになったのがきっかけでした。

とても気持ちがいいものです。

普段見ない景色を見たり、風を感じたりすることで、新鮮さを感じます。

また、一昨日と昨日では、大濠公園を走ることもしました。

中学の駅伝以来で、懐かしい気持ちになりました。

そこでよく先生から言われていたことを思い出します。

走ることで一番大切なのは、なんだと思いますか?

自分のペースで走ることではありません。



いつも先生から言われていたことが、「始めの準備体操と終わりのストレッチをきちんとしとけ」と言われていました。

硬い筋肉をほぐし、足腰を柔軟にしておけば、怪我するもとが格段に減りますし、無理することなく走ることができます。

また、終わりのストレッチも使った筋肉を休め、次に走るときまでに疲れを取る効果があります。

つまり、走ることは、「最初と最後の体操」が肝心だということになります。

大切なのは、マイペースに走る体を作るために、どう心掛けるかということです。

このことは、FUNで学ぶ「準備と継続」「準備とフォロー」によく似ていると思います。

面接や営業でも、その場だけをよく見せようとしてもすぐ無理がでますし、その後のフォローがなければ、信用も薄れてしまいます。また、続けなければ、信頼も得ることはできません。


走ることも同じことです。その日だけ調子よく走っても体が持ちません。

全国のファミリーマラソン大会で、毎年2〜3人の死者がでるそうです。こうした人たちは、普段全く運動をしない人で、その日だけ、急に体に無理をして走ってしまうそうです。


走りながら、物事の基本はやっぱり似ているのだなと感じます。

昨日は運動靴を買いました。

これからは、1日に一回は必ず走る時間を作っていこうと思います。体の健康にもいいのですが、精神面でとても充実したものになるからです。

高校までの部活では、あれだけ走らされて嫌々だったのに、今ではとても楽しい時間となってしまいまいた。

いつかは、小さな大会にでも出てみようかなということも考えてみました。

何事も続けてられることが先決ですので、怪我しないようこれからも走っていきます。
「新商品」
新しいアイデアを考えることは、難しいことです。

いくら喫茶店でノートに書いても、いくら大濠公園をあるいても

パッと思い浮かぶことはありません。

新商品、新商品と唱えても、出てくることはありません。

今自分ができることを上げても、たかが知れています。

僕が好んで読んでいる創業の物語は、アイデアや着想からお金を生み出す過程が本当にすごいなと思います。

考え1つで、世の中を変えてしまう。

・主婦の味方、「安売り」のダイエー

・貧しい人でも物を平等に買えるシステムを作った日本信販

・「福祉はお金にならない」を真っ向から覆したコムスン

今ではあって当たり前の事業ばかりですが、その立ち上げはとてつもなく波乱な道のりがあります。

世の中の非・不・未・無を集め、問題を解決していく事業…

非・不・未・無  非・不・未・無  非・不・未・無…

新商品を考え出すのは、至難の技だ…
「文章はどう書くか」
自分の思いを言葉にしようと思ったとき、なかなか手が進まないことを感じたことはありませんか?

言葉で話すとすらすら言えるのに、文字にしようとすると難しいと経験したことはありませんか?

最近はある学生さんから、「取材のテープをそのまま記事にしたら、どうも内容が取材の時の雰囲気よりも面白くない」という声も聞きました。

日本人なのに、日本語を書く難しさを感じたみたいですね。

今回読んでいる「文章はどう書くか」(著:能戸清司)では、そうした「書く」ことに対する一種の拒絶感を取り除き、書くことの楽しみを教えてくれます。

その中で、最も目に止まったのが、「よい文章を書くためには、テクニックよりも、その人の中身の方が大切。充実した生活こそが、よい文章を書くための方法である」と述べています。

つまり、その人の毎日の生活態度や生き方の姿勢といったものが、文章に影響を与えるということです。

それはどうすればいいのか。

特別な経験がなくても、日常を送る生活の中で、どんな小さな情報でも気付こうとすることから始まる。毎日の天気や気候、風、花を見たりこと感じたことをメモなどし「書く」ことで、その感性を高めていきます。その積み重ねが、よい文書となるということです。


「文章を書くことによって、人は向上していくもの。書くことは最高の「知的に生きる」ことである」とも述べています。

これに関しては、「本はどう読むか」(著:清水幾太郎)の中で、「教養書は、よく生きるために読む」と書かれていました。

つまり、昔から「読み書きそろばん」の「読み書き」というのは、生活の上で基本である学問ですが、それはさらに人生を向上させるための手段だとも考えることができます。


文章を書くことは、好きではありません。そのため書こうという気にもなりません。こうして毎日ブログを書いていると、「また今日も書くのか」という気持ちになることもあります。

が、当初から書き始めてからの気持ちには、変化しているようにも思います。

書く前に考える癖が少しずつついてきたようにも思うのです。

僕がこうして下手なりに毎日ブログを書いているのは、「人生の向上」を意味した練習でもあります。

自分の思いが、適切な文章や言葉になった時、パズルがピタっとはまったように嬉しいものです。

そうした自分の思いを伝えられる文章を書けるように、これからも日々の生活からアンテナ張って、このブログを続けていきます。
「書く」
みなさん、文章を書くことは得意ですか?

漢字を書くことは、得意ですか?

本を読んでいるとき、分からない漢字や言葉が出てきたら、どうしますか?

最近は、パソコンの普及と共に、「書く」ことが少なくなってきました。

また、活字離れもあり、言葉を見たり読んだりする機会も減ってきているそうです。

そしてそれは僕にも言えることです。

本を読んでいても、読める感じはあっても、いざ書くとなると書けない漢字が結構あります。

言葉でも、同じ日本人にも関わらず、意味が分からない事も、恥ずかしながらあります。

そのため、この年からではありますが、秘密特訓をすることにしました。

どんな特訓かって…、それは秘密です。

虫1


虫2





昨日家の近くで見つけた虫の写真です。

背中の「ハート」に見えるのがポイントです。

みなさんも知ってはいると思いますが、この虫、敵から危険を察知した時、強烈な臭いを発します。

そのため、小さい頃から「へっぷり虫」と呼んでいました。

本当の名前は、なんだっけな…


あっ、バイク復活しました☆

お騒がせ致しました。
「パワフル人」
今日打ち合わせした人は、NAGAIという会社のSさんです☆

NAGAIという会社は、人前に出ると赤面症になったり上がり症だったりする人たちの「コミュニケーション」の技術を高めるため、もっと自分の感情を表現していくことを目指す会社です。

ワークショップなどを行うことにより、個人から企業まで幅広い活動をしており、今ではたくさんのマスコミにも取り上げられています。

そのNAGAIの営業部長のSさんと打ち合わせをしてきました。

最近の若い人の「コミュニケーション能力」についてや、表現能力の衰えについていろいろ話しました。

プロのSさんは、ちょっと話しただけで、相手の人がどんなことに悩んでいるのか、昔こんな過去があったのではないだろうか、ということまで分かるそうです。

Sさんのパワーはとてもすごく、周囲の人たちを元気にしてくれます。

しゃべるし笑し、本当に表情豊です。一緒にいてとても楽しくお話ができました。

人間生きていく上で、最も難しく悩むのが「人間関係」、この人間関係をよくも悪くもしているのが、「コミュニケーション」です。

学生時代もよくこの「コミュニケーション」で悩んでいる学生さんも多いし、自分も悩んできた分野の一つでもあります。

そこで話しているうちに、このコミュニケーションの講座と学生への悩み解消を一致させて、学内イベント開催してはどうかと考えています。
実施しるとしたら、企画や運営を学生さんにお願いしようと考えています。もしやってみたいという方がおられましたら、その時は僕と一緒に素晴らしいイベントを作り上げましょう。

また、このSさんは、学生の取材も受けてもよいとのことでしたので、もし我こそはという人がいましたら僕の方まで声を掛けてくださいね!

とてもパワフルな方ですので!






※ 夕方
なんと、またまた…

バイクに異常事態が…

また、壊れたかも…悲しぃ
「プロ経営者」の条件
コムスン



自分の可能性を信じて何かを始める時、あなたはどこまで自分の力を出し切ることが出来ますか?

世論が「無理」だと思えば、あなたはその後挑戦していきますか。


折口雅博氏の名前を聞いたことなくても、ジュリアナ東京、ヴェファーレ、グットウィル、コムスンのどれかの名前は聞いたことがあるのではないでしょうか。

数々の事業を起こしては、仲間の裏切りや横取りで、借金を抱え込んでしまう。
しかし、自分の信念で、ゼロから10年で1400億円の企業を作りだした大経営者です。


この創業の話の中で、最も共感した部分が、介護会社「コムスン」の参加でした。

「福祉業界で金儲けなんかできるわけがない」「福祉をビジネスにしてはいけない」という声が周囲からあった。もちろん闇雲なスタートではなく、きちんと日本の情勢を視野に入れたことだった。

ここで面白いことは、ここで批判した人が現場で働いている福祉の人間からが多かったことだ。しかし、現在では、全国で最大規模の介護事業となって利益をだしているところだ。

ここが、ビジネスのすごいこところだと思う。

本誌の項目に、「正しいことをしていれば、何を言われてもいい」とあるように、介護のことを専門的に知らなくても、その「本質」をうまく見抜くことで、本当のビジネスができると話す。あれから10年、折口氏は自分の信念を貫き通し大成功を収めました。

なぜここまで、「コムスン」事業について話すかというと、当時この事業に対して批判していたのが、この僕であったからです。

当時コムスンは、介護事業で初めてTVCMしていましたが、その頻度が凄まじく赤字経営をしていました。

また、介護の施設で働いている時、「コムスン」の現場の評価はひどいものでした。
「あそこでは、働かない方がいい」、「あそこのスタッフは、気が利かないからやめたほうがいい」などのクレームが僕達の職場や学校にたくさんきていまいした。

僕は、経営やビジネスの仕組みも知れずに、また先行投資という言葉も知らずに、ただうわさだけを信じて、「コムスン」を自分なりに評価していました。

しかし、10年後大成功を収めたのは、福祉の現場の人間ではなく、「コムスン」事業を手掛けた折口氏でした。

そして今では、当時よく聞かれていたクレームは一切聞きません。

そして今ようやくこの本で、当時のことを知り、ビックリしました。物の考え方、先見性、「本質の見抜き方」のすごさに驚かされました。

誰もが「できない」ところがビジネスになる。自分の可能性を信じ飛び込んでいく折口氏のとてつもなく自分の大きな存在となっていきます。

自分の過去の経験からも「プロの経営者」とは、並大抵の経験や知識ではない人たちだと思いますし、その波と戦う信念や夢が誰よりも大きい人間だと思います。
「自分への問い」
朝からブログに書き込もうとするも、なかなか手が進まない。

色々考えようとするも、全く考えが思い浮かばないからだ。

今自分が世の中に対して出来ること

それはいったいなんなのだろうか。

自分は社会に対してどんな使命を持って生きているのだろうか。

自分は成功するためにどんなことをすればいいのか。

自分は何を目標にしているのか。

成功するためには、何を準備しなければならないのか。

今僕は、何に取り組まなければならないのか。

自分の夢の1つ、障害者が働ける会社を作るにはどうすればいいのか。

今の自分と将来の自分、どちらに向かおうとしているのか。

向かっている方向は分かっているのか。


今日は、ここから抜け出せないでいる。
「弟」
現在大学3年生の県外に住んでいる弟が、休みを利用して2日間だけ帰ってきました。

家族でも尊敬する弟は、大学でも大活躍しています。

ずっと行きたいといっていた海外支援に、2週間フィリッピンに行き、道路補修や壊れかけた家の修復などをしてきたそうです。

また、「たばこと体」に関するレポートが優秀でると評価を受け、大学内の10人だけが掲載される冊子に載りました。

そして、航空関係の国家試験も、勉強やバイトの合間に頑張って取得していました。

本当に今でも頑張り屋の弟です。

昔から一緒に遊び一緒に勉強してきた友達のような感じです。


その中でも1番すごいなと思うことが、今でも忘れない中学時代のバスケット部のことです。

今回弟が帰ってきてもその話になったので、ちょっとお話します。

弟は、小学時代からずっと行きたいと言っていたバスケット部を中学になって迷わず入部しました。

当初僕は、技術も身長もないから、当時めちゃくちゃ人気絶頂のバスケでは、レギュラーになるのは難しいよといっていたこともありますが、でも弟は心に決めたバスケット部に入部し3年間頑張り通しました。

部活では、小学校からずっと練習していた子が多く、案の定、3年間レギュラーを勝ち取るのは難しく、しかも補欠入りすることさえ厳しい状況でした。

補欠さえ入れない弟は、試合前になると、練習に参加することよりも、選手のマネージャー的存在として水の準備や点数付け、後片付けをさせられることがしばしばありました。女子マネージャーはいるものの、自分の同年代の世話を男子マネージャーとして働くのはとても屈辱的だったことだと思います。

しかし、彼はそんなことは一切口に出さず、必死になってみんなを応援し、サポートをしていきまいした。時には、後輩レギュラーのサポートを自分からしていたといいます。

この中で弟は、「自分のできることは最大限にやろう」と決めていて、女子マネージャーでもできないことを「自分なり」の工夫と考えでサポートに励んできました。

その中でも一番力を入れていたことが、「選手1人ひとりの食事療法」の提案です。

スポーツ食事ならぬ本を数冊買ってきては、独学で勉強し、選手の体形や睡眠、自主練習の時間などを聞き出し、その人にあった栄養のバランスを提案していきました。

こんなことは、女子マネージャーでもしないし、多分全国の中学のマネージャーでもしないことでしょう。

そんな発想と実行を弟はやり遂げました。

引退試合では、結局負けてはしまいましたが、最後に先生が言ったことは今でも忘れません。

「隈本がいたからみんなもここまで頑張ってこれた。1度も選手にはなれなかったが、最高のマネージャーだった」

弟は影の存在ではあったものの、そのポジションでの最高の役割を探し、実行してきました。その姿は、みんなにも大きな影響を与えてきた存在だったと思います。


それでもバスケがやりたいと高校でも入部。

しかし、たまたま一晩友達の家に部活仲間泊まった時に、飲酒とたばこをしていたそうです。弟は酒も煙草も飲めないのでお菓子ばかり食べていたそうですが、なぜかこれが見つかり、1週間の停学処分をくらいました。偶然その場に居合わせてしまっただけですが、部活も中止、顧問の先生にもこっぴどく叱られたこともありましたが、今では笑い話になってしまいました。

その後、大学の受験勉強では、僕の編入試験と重なり、競って勉強してきました。

そんな弟も大学3年生で、これから将来どう進んでいこうかと考えている段階です。これからもいろんなことに挑戦していく弟の姿を見ているのが楽しみです。

昔話をしたり、将棋をしたりと結構楽しい時間を過すことができました。

またゆっくり話せる時を楽しみしていると話しながら、今日の朝帰っていきました。

お互いが切磋琢磨できる弟の関係は、僕にとってもとても大切な存在だ!


「読書について」
みなさんは、今までに何冊の本を読んできましたか?そしてなぜ、本を読むのかを考えたことはありますか?また、どうやって今読んでいる本は、たくさんある本の中から選んだのか、理由はありますか?

サークルに入り、読書の回数も増え、読むジャンルも幅広くなりました。家の本棚では、今まで読んできた本、買って読み終えていない本でいっぱいです。

今日のビジネスカフェでは、「いかに書を読むべきか」(著:倉田百三)の本を読みました。

本を読んで語ることは今までにも何度もしてきたことですが、「読書」と「自分の生き方」について考えたのは、今回が初めてではないかと思います。

「勤めて書を読み、しかもそれが他人のせいと労作からの所産であって、自分のそれは別になければならぬことを自覚し、他人の生に預かり、その寄与を素直に受けつつ、しかも自らの目を持って人生を眺め、事象を考察することの出来るもの、これが理想的の読書青年である」

本書では、学生時代に読書をしないのは怠惰であるとし、学生時代からの読書への姿勢が書かれてあります。


また、「私は青年学生が人生の重要問題に関する自らの『問い』をもって読書することを勤めたい。生に真摯であれば『問い』がない筈がない。そして『問い』こそ自発的に読書への欲求を促すものである」

今の自分の人生に対して正しい問いを持って読書することによって、その「問い」に合った答えをその本が教えてくれるという。

何度も同じ本を読んでも、気付きが違うのは、多分この「問い」の成長があるからではないかと思う。

本とは、自分人生の先生であるとこの時感じた。しかもこの「問い」が小さければ、それなりの答えが返ってこないし、得ようとしなければ、なにも教えてはくれない。読み終わろう、知識を得ようとすれば、それだけしか教えてくれない。

理解し、生活の一部に何とか生かしてやろうと思えばそういった答えが出てくる。

本とは、生き物だと思う。

読んで、「あ〜、いい本だった」ということが、多々ある。というか、これからどう生かすかというところまで突き詰めて読んでいない。

こんな読み方では、一生同じ読書の仕方で、同じ得ることしかないだろう。これでは、やはり無駄な人生を送りつづけるようなものかもしれない。

「自分の問いに、深く、強く、又ゆきわたって精細に応えてくれる書物があるならば、それは愛読書となり指導書となるであろう」

という。僕は、読書に対して短絡的な読み方しかしていなかったようだ。今読んでいる本、これから読もうとしている本も、僕の血になり身になっていくことは確かである。自分の人生の一部にも関わろうとしている。

そんな人生のかかった大事な読書に、小さな「問い」を持って読み進めるのはもったいない。

何を得、何を実行したいのか、人生にどうありたいのか、そんな問いを持って本を読むことのは、どんな本でも今までの学びとは違ったものになっていくであろう。

本と人生がこんなにも大きく、スケールの広く大切なことだと、朝学べたことは、僕にとってとても大きかった。
「1R男」
1R男

の本を昨日読みました。
エスグラントコーポレーション社長の杉本宏之氏の本です。
知っている人も多いかもしれませんが、創業か48ヶ月と2日で株式上場をし、年商179億円、そして現在28歳の若い社長という。

世間では、この人がどう評価されているのか僕は知りません。

僕がこの人を知ったのは、ブログの中でです。

色々な社長さんの考えを知ろうと、ブログをお気に入りに登録して、毎日チェックしているのですが、またまたその中の一人でした。

ブログを拝見してい中で、とても杉本氏という人物が気になり、会社や他のブログも色々と調べる内に、自分と同じくらいの年にも関わらず、大きな会社を作り


何か自分の中でのギャップを感じ、色々と調べていくと、所ところで、上の写真とともに杉本氏を絶賛するコメントが載ってあり、「一体何者なんだ」という思いから、昨日本を買い一気に読み終わりました。

内容は、家族崩壊、交通事故、母の死、後輩の自殺、父に殺されかけるという思春期。そしてトップ営業マン、会社設立、上場延期、父の死…

本人もあまり話すことが無かった内容が、赤裸々と克明に示されてあります。


正直、読みながらじっとしていられませんでした。

同じ人間でもこんな境遇の中で戦っている人もいるのかと驚くとともに、自分の小ささと闘志の無さを実感しました。

闘志の無いのではなく、何かに立ち向かっていくことから逃げていたのかもしれません。

世界は広い、上には上がたくさんいる。

もっと自分にはできる。

「再出発」
夕日



卒業して2ヶ月が経ち、改めて自分の行動を見直すことが出来る。

無駄な行動、同じことの繰り返し、やり直しの連続、読書でも毎回同じ所で共感する、同じ失敗…

挙げれば切りが無いように思う。

このように、人はこうしたマイナスのことばかりを見て、落胆してしまうことがある。

要は、このことを「失敗」という。

確かに、無駄な行動をすること自体、成功ではない。

ただ、何をもって成功ではないかというと、理想とする自分と比べて、成功ではないというだけのことである。

子どもの時、
自転車をこぐにも最初はよく転んでしまう
赤ちゃんが歩く練習をするときにも、よく転ぶ
初めて泳ぐ時にも、なかなか前には進まない

最初から上手くいく人なんて誰もいない。

初めからスタスタ歩く人もいないし、スイスイ次点者をこげる人もいない。

生まれて初めての営業も失敗の連続だったし、アポの電話もカミカミだった。

が、今は違う。

成功ではない行動は、進歩が無い行動ではない。

要は、自転車も歩くことも泳ぐ練習も、どこに進もうとしているのか、どうなろうとしていくのか、どうなりたいか、自分の大きなビジョンに向かって進んでいるだけなのだ。

どうしたらそうなれるのかを本能のままのように繰り返し繰り返し練習していく。

つまり、失敗とは、大きなビジョンのスタート地点に過ぎない。

この失敗をけいけんしていくことで、その大きなビジョンに近づいていけるのである。

最近亡くなったある芸能人の言葉に、
「人生はいつもやり直しが利く。いつでもスタートライン」だという。

ならば、僕も自分の夢に向かって進めばいいじゃないか。

今日から6月のスタートであり、2006年の後半。

スポーツの後半戦は、前半の反省からお互いがやる気に満ちている。

さぁ、今日からまた出発だ!

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