クマモト日記
〜「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」(江副浩正・リクルート創業者)〜

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kumamoto

Author:kumamoto
性別:男性
誕生日:1979年5月24日
血液型:O型
出身地:福岡県

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「視力低下」
最近、視力がさらに落ちたように思います。今まで見えていたカレンダーの文字がぼやけ、人の顔が分かりづらく、疲れやすくなっています。今はまだ眼鏡を掛けているので、日常生活に異常はありませんが、こうもどんどん悪くなると、どこまで落ちていくのか不安になってきます。

小中学校では年に1・2回健康診断のときに視力検査があります。小学校のときは、両目1.5でしたが、中学2・3年生になると黒板の字が見えにくくなるようになりました。高校のころには、授業中のみ眼鏡を掛けるようになり、卒業する頃には、外出するときも常に掛けるようになっていました。20歳のころには、TVを見るときも掛けるようになり、今ではもうお風呂と寝るとき以外は、常時掛けなければならなくなりました。どんどん、視力が落ちているのが分かります。正確な視力の数値は忘れましたが、確か、0.07くらいで、0.1を切っています。裸眼では、薄透明のモザイクがかかった世界のようで、ほぼ見えません。

視力低下で悩んでいる人は、僕だけではないでしょう。ここ最近では、厚いレンズをした小さな子供をよく見かけますし、眼鏡やコンタクトを付けた大人もよく見かけます。生まれつきの人もいれば、僕のように徐々に悪くなっていった人もいるでしょう。その原因として挙げられているのが、次のようなものです。TVゲーム、ビデオ、ケータイメール、ポータブルゲーム、コンピューター、マンガ、勉強…です。

これらは、目から物体の距離が近く、限られた範囲だけを見るため、眼球を動かすことが少なく、眼全体の運動機能を低下させるものです。しかも、どれも長時間集中してしまう物なので、目の負担は相当なものです。眼との距離が30cm以内で近すぎる、熱中しすぎて瞬きをしなくなる、電子関係の光からドライアイになりやすい。こうしたことは、眼に十分な酸素と栄養が行かなくなり、近視になる原因です。

さて、上記のものは全て、今の子供たちが手にしているもののようです。これらのものを一つもしていない子供が現在いるでしょうか?いるはずもないとすれば、全員が近視になる可能性は十分あると言っても過言ではない状況です。全て子供を近視にしてしまう原因の品目なのです。

以前は、視力低下の回復として、遠くの山を見ればよいとか、人参を食べれば大丈夫と言われてきました。今では、眼鏡やコンタクトを付けて対応するのではなく、治療や訓練をして、視力をアップさせる方法が出てきています。しかし、これらのものは、対処法でしかありません。こうしてみると、日本では、目が悪くなる条件は、揃っている国のようです。大人も子供も、どの世代からでも、視力を低下させる条件があちこちにあるといえます。視力が悪いと平衡感覚が鈍り、運動音痴になりがちです。目に負担が続くと、疲れやすい体となり、集中力がない人になります。TVゲームやPCを無くすことは不可能でしょう。子供の眼にとって、良い環境を作るには、一体何が必要なのでしょうか。さらに、僕らが老後を迎える頃は、どんな生活をしているのでしょうか。便利な社会に暮らす僕たちですが、日常生活では見えない負担があることを、現代人の眼から、警告されているように感じます。
「エッシャーの絵」
昨日は、生まれて初めてネットカフェを利用した。久しぶりに会った友達と夜遅くまで話し、その帰りの手段がなくなったので、一緒にネットカフェで時間を潰すことにしたためだ。こんなことを書くと偏見を持っていると思われるかもしれないが、今までネットカフェと聞くと、どうも暗くて恐そうなイメージがあった。利用する機会もなかったので、今まで遠い存在だった。

みなさんはもうご存知だと思うが、ネットカフェには、マンガは読み放題、ネットは使い放題であり、さらに飲み物も何杯でも飲める。豊富に揃っているマンガのコーナーに行くと、懐かしい本がずらりと並んでいた。雑誌のコーナーにも立ち寄ると、洋服などのファッション雑誌や、バイクや車、スポーツなどの雑誌も揃っていた。豊富に揃っているマンガ、幅広いジャンルの雑誌、そしてネットが使え、DVDなども借りられる。ジュースも飲み放題なので小学生からでも使えるし、パソコンで資料作成をするビジネスマンにもよい。難しい操作などもないので、どんな人でも利用できるから、人気が続くのだろうかと考えた。

友達は先に寝てしまったので、僕は、読み終えていなかった「三国志」を探して読んでいた。ふと、雑誌コーナーに行くと、「マウリッツ・コルネリス・エッシャーの絵画集」の雑誌を発見した。こんなものまでネットカフェには置いてあるのかと、感心してしまった。マウリッツ・コルネリス・エッシャーの絵を、一度は目にしたことがあると思う。いつだったか、「スーパーエッシャー展」というものが福岡でも開かれたことがあったので、ご存知の人も多いだろう。彼の絵は、いつも独創的な作品ばかりで、とても不思議な世界を感じさせる。エネルギー保存の法則をくつがえすような「だまし絵」や、魚やトカゲなど違うオブジェクトが隙間なく並んでいる作品などが特に有名だ。こんな画集はめったに見られるものではないだろうと思い、一つ一つの作品と説明文を読んでいた。

主な作品は、
建築不可能な『滝』
エッシャー 『滝』.


二つの手がお互いの手を書いている 『描く手』
エッシャー 『描く手』


波うつ水面を境に魚と鳥のパターンが交錯する 『空と水』、凸面鏡をよういて部屋や顔を曲線で描いた『自画像』や『バルコニー』、新しい遠近法のあり方を示した『階段の家』、実際には作ることができないループ状階段を上り続けるひとと下り続ける人を描いた 『上昇と下降』などが有名である。作品を見ていくことで、「不思議の国のアリス」の世界にいるような、どこか別世界に案内されたような感覚になった。絵に数学的要素を取り入れ、平面に幾何学的な模様を作り出したり、常識の根底を覆すような建築物を描いたりする。なぜ、そうした絵を描けるようになったのか。それは、エッシャーが、過去の体験から人を信じようとしない性格で内向的な心理状態にあったという。そのため、孤独で寂しい気持ちを絵にしたという説もある。確かに、絵だけを見ていると、嬉しくなったり明るい気分になったりできる絵ではない。どことなく、繊細で緻密なところから、知的な部分を感じることと、冷たさを感じる。

この本に没頭していたら、ある小学校のときの体験を思い出した。(ちょっと、分かりづらいかもしれないが書いてみよう)
西区今宿に「忍者村」というところがある。その敷地内に、エッシャーの絵をきっかけとして「建築不可能な家」をできる限り再現したものがある。(今はもうない)
その家は、斜面に建てられているのだが、斜面にそって斜めに建てられている。傾いた家なのだ。当然柱も斜めに傾いている。では床はどうかというと、斜面とは逆向きの傾きで、斜めに作られている。家は右に傾いているのに、床は左に傾いて作られているのである。さらに奥に進めば建物の空間が小さくなるよう設定されている。そのため、本来は、5mほどしかない奥行きも、遠近法を用いることによって、奥行きが7〜8mあるような建物に見える。テーブルや家具もそれに合わせて、台形風になっていた。そうした建物の中を、実際に歩いて行くのだが、この体験は非常に面白かった。

頭では通常の建物とは違うものだと分かっているが、視覚の感覚と全く違うので、今の状況を理解するのに苦しむ。まず真っ直ぐに立てない、次に距離感覚が分からない。頭の平衡感覚が狂い、距離感覚もおかしくなり、体が思うように進まない状態になった。そのため、いつもの歩行ができなくなる。水道の蛇口から水が出ているのだが、全体が傾いているため、水がななめに落ちている錯覚が起きる。これがまた、頭を混乱させる。この建物の中で、正しく歩くためには、なにを基準として、まっすぐに立ち真っ直ぐに歩くけるようになるのか分からない。これはなにも僕が大げさに言っているのではなく、参加した大人たちも同じだった。鯉には、平衡感覚をつかさどる機能が頭ある。その機能を取り除いても生きることができる。しかし、そうした鯉は、上下も右左が分からなくなり、お腹を上にして泳ぐこともあるという。そうした感覚が、この建物の中にはあり、外に出たときは、気分が悪くなっていたほどだ。この中で唯一、まっすぐに立てるような基準となっていたのは、水が落ちる方向だけだった。

エッシャーの絵を見ていると、常識の世界について考えさせられる。水が落ちて、自然と高い位置まで上ることができるかと聞かれれば、それは無理だと答える。しかし、上の『滝』の絵を見ていると、絵と自分の常識の矛盾が生ずる。しかし、その矛盾の原因が分からずにいるため、その絵が正常だと思ってしまう。僕が体験してもよく分かったが、柱や床がちぐはぐに斜めとなっている空間にいるだけで、平衡感覚が狂った。僕たちは、視覚からの情報を多く取り入れることによって、普段の生活を行っている。逆に視覚の情報だけで、多くの判断をしていることにもなる。エッシャーの絵には、ただの「だまし絵」ではない。エッシャーは、一人寂しい状況から、普段の生活でも、視覚だけの情報に惑わされて判断しないよう注意し、物事を多面的に見る訓練とかつ本質を探る思考を鍛えるきっかけを作ろうとしたのかもしれない。
「美文への挑戦」
私達は日々、何かの影響を受けて生きている。迷ったり悩んだり、喜んだりすることは全て、何かの影響を受けたから起るものである。では、人に良い影響を与えるもとは、一体どんなものだろうか?
一つには、美しいと感じるときである。人は、美しいものを見ると嬉しく感じる。大自然の夕焼け、流線型の建物、列をなした鳥の群れ、朝露に濡れた花びら、生演奏の音楽…、美しいと表現する対象は様々あるが、美しいと感じる感情は誰でも同じであろう。僕は特に、空や植物、生き物などに美しさを感じることが多い。その他にも、絵や写真、歌声などにもそう感じることがある。こうしたものに触れると、自ずと心が感動の中に浸っていくのが分かる。美は、人に影響をもたらすものである。

そうした中で、文章にも美しい文というものがある。それを美文という。この言葉に初めて出合ったのは、清水幾太郎さんの「論文の書き方」の本の中からだ。美文とは、特に、明治中期にはやった文筆家の文章のことで、当時はりっぱな文章を模範として、それに従って書かなければならなかったという。悲しいことに、清水幾太郎さんが小学生のころからすでに、美文の時代は終わったという。僕にしてみれば、清水幾太郎さんの文章そのものが美文とも思えるが、いったいどんな文章なのであろうか。そのような文章ならば、一度読んでみたいと思う。 美文がどんな文章かは分からないが、いいなと思う文章にはよく出合う。しかし、その文章がなぜ良い文章なのか、何が違い、何が影響しているのか、それはうまくは説明できない。

数ヶ月前から、文章能力を付けるため、気に入った文章は、筆写をしている。文章をそのままノートに写し取るのだ。1〜2回では、写すのに必死になって内容が頭に入ってこない。3〜4回続けていくと、その文章の味わい方が変わってくる。5〜6回になってくると、文書をある程度覚えてくる。次に要約をしていくのだが、まだこの作業の要領を掴んでいない。そこで、今日もある文章を筆写していた。その途中で、「○○ではない」と書いた。しかしこれは誤りで、本文を見ると、「○○であるはずがない」となっていた。この文章は、今日で3回目だったのである程度頭に入っていた。そのため、確かここは「否定で書いてあった」としか考えず、「○○ではない」と書いた。しかし、「はずがない」と書かれてある事に気付いたとき、はっとした。「はずがない」と書くことで、強い否定を感じさせる。しかも、そう書くことで作者の断固とした思いが伝わってくる。強い思いが読み取れ、さらに言い切る理由を、考えるようになる。こうしたことは、筆写していくとよくあることだ。ただ読んでいるときには気付かなかったことが、書いてみて初めて作者への思いに触れることがある。噛めば噛むほど味が出るというのは、良い文章ほどよくあることだ。何度も何度も読み続けると、その度に気付かされることが多い。また、筆写していくほどに、一つ一つの言葉の重みや感情にも気付いて、作者の深い思いが感じられるようになる。いかに最初の読みが浅く、吸収できていないかが分かる。

話は変わるが、何かの話で聞いた。確かヨーロッパ辺りのことだったが、靴職人が、靴を作る工程を、幼い子供に見せるという。小さいときから、職人の技をじっと見せておくことで、中学生くらいになると、一目見ただけで良靴か悪靴かが分かってくるそうだ。職人のような技術はなくても、そうした目利きができるようになってくる。

こうした教育は、とても大切なことだと思う。子供という時期は、良くも悪くも覚えが早く、身に付ける吸収力もある。三つ子の魂百までというが、徹底して良いものに触れておくと、それなりの基準というものができて、次に良いかどうか判断ができるようになる。よく、若いうちから本物を見ておけという人がいるが、これは心を豊にするために、鍛えておけということなのであろう。こうしたことから、良い文章を子供のときからどんどん触れさせたい。表現力や深い思考を養うだけでなく、何より正しい判断力が付くからだ。美しいものを見て、美しいと感じる心も養っていく。人に良い影響を与えることとは、こうした感じ取る心を深くしてくれるものである。そうした良い影響を与えられる文章を、僕も書けるようになりたい。
「不眠」
布団に入るとすぐに寝付ける人がいる。僕の弟がそうであった。「お休み〜」と言った3分後には、いびきをかいているような人間だった。ちなにみ以前の僕は全くその逆で、布団に入っても、なかなか寝付けない人だった。弟のすぐに眠れる体質が羨ましかった。みなさんは、どちらのタイプであろうか?

現代人には、不眠症で悩む人が多いという。不眠症とは、「寝付きが悪い」、「眠っても何度も目がさめる」、「熟睡できない」といった症状が重なり、慢性化している状態のことだ。この不眠症をはじめとする睡眠に関する問題を抱える人は増加傾向にあり、5人に1人が睡眠に関して何らかの悩みを抱えているという。さらに、10人に1人が「不眠」で悩んでいるという調査報告あるそうだ。不眠症は病気だ。

以前、僕は不眠症とまではいかないが、なかなんか寝付けないことが多かった。特に中学のときが一番激しかったように思う。理由はなんだかよく分からなかったが、とにかく、布団に入っても寝付けなかった。2〜3時間経ってようやく眠るような状態はざらにあった。0時頃布団に入って、4時まで寝れなかったこともあった。寝ようと思っても寝れない状況は、とてもきつかった。本を読むなり、TVを見るなりすればいいと思うかもしれないが、体は疲れているし、早く休みたいという気持ちがある。そのため、布団に入るが、あくびが出るだけで眠ることができない。さらに、起きる時間を逆算してあと何時間しか寝れないとか、布団に入ってもう○時間経ったと考えていくと、逆にイライラしてもっと寝付けなくなる。悪循環のような感じで、眠れないことがよくあった。多分、こうしたことは、変に神経が張り詰めていたからなのだろう。特に高校受験前などは、結構神酷かった。夜になると家中静かになるため、時計のカチカチという音さえも気になって、外してしまった。

こうした時計の音を気にすることは今では全くない。しかし、以前はこうしたことで、よく悩んでいた。部屋の時計を外してしまったくらいだから。気になっているときの1秒や1分、1時間というのは、とても早く感じるものである。音がきになってしまうくらいなら、取り除くかデジタルに代える方がよい。現代人の不眠症を解消するように、今では安眠グッズが売れている。また、マッサージや家でできる体操などもある。しかし、一番大切なのは、不眠症の元となっている原因を知り取り除くことから始めなければ、同じ繰り返しとなる。




「全力疾走」
陸上競技などを観戦したことはあるだろうか?色んな種目があり、それぞれの選手が自己の記録を伸ばそうと必死になっている。最近のTV撮影の技術が進み、競技をしている選手の表情を間近に感じさせ、さらには筋肉の動きまでもがスローによりはっきりと見ることができる。つい自分が競技しているかのような思いになってしまう。

中学のときに、陸上競技の世界大会を見に行ったことがある。場所は、博多の森競技場だ。野球と同じく、選手を生で見ることは、興奮する一つ要素である。特に滅多にお会いすることのない外人選手を目の前にすると、ついついはしゃいでしまう。名前も知らない選手であっても外人=サインを求めていたのでミーハーなだけかもしれないが、そうした刺激は、同じスポーツをしている者とても当時とても嬉しいことだった。そうした競技の中で、1番好きだったのが100m走である。自分が専門としていた分野だったからだ。世界で最速の8人が、100Mを競う。その間たったの10秒である。世界記録は、ジャスティン=ガトリンの9秒77だ。TVでは何度も繰り返し映像が流されるので気付かなかったが、100m走なんて、たった10秒程度で終わるスポーツだった。応援した瞬間に終わってしまうので、物足りなくなったというのが、正直な感想だった。

こうした世界大会に出場する選手になると、この100mを走り切る10秒間は、息を止めているのだそうだ。TVなど見ると口を開いているが、呼吸自体はしていない。たった10秒間なら止められると思うかもしれないが、走っている状態ではとても難しい。静止したまま息を止めるのとは、訳が違う。試しに、30〜40m間息を止めて歩いてみても良い。結構苦しくなる。ましてや100mを全力疾走しながら息を止め続けることは、僕らではできることではない。実際、中学のときにこの事実を知って、試したことがある。すると、50mもすると、酸欠状態になり、足がガクガクしもたついてしまった。それ以上の距離を走れる状態ではなくなった。しかも、息を止めて走っていた顔を見てマネージャーから、「変な顔でしたよ」と言われたので、それからはもうしなくなった。

なぜ、プロの選手たちが息を止めてまで100mを走ろうとするのか、それは無駄なエネルギーを使わないためである。水泳と同じで、呼吸の回数が多い人ほどスピードが遅くなってしまう。そのため、100mくらいなら、息を止めて走る人が多いのである。さらに、「火事場のばか力」といわれるように、別の力を発揮する効果もある。息を止めて100mを走ることで、自分の極限を作り出す。その苦しい場面でだからこそ、無意識に抑制していた力を発揮し、そのままゴールするのである。ちょうど、磁石のN極とS極のように。N極とS極が向かい合いくっ付き合おうとするとき、始めは徐々に近付いていく。しかし、くっ付く瞬間は、勢いが増す。息を止めることで自己の力を最大限に発揮して、ゴールに近付けば近付くほど、スピードが増すようになっていく。たった10秒でも、そうした効果が、選手たちに起っているのだ。自分を極限に追い込むことで、より速いスピードになっていく。0.01秒を競う世界とは、こうした目に見えない努力が数多くある。

こうして自らを極限の世界へと導くことで良い結果を出そうとすることは、決してスポーツの世界だけに限ったことではない。自分の夢や目標に近付いている人、または、大人物となっている人は、必ずこうした極限に遭遇したか、あるいは、自分で作り出し突き進んでいる人たちなのである。特に創業者の伝記などを読むと、一見奇想天外な発想のようなものがたくさんある。今では当たり前のようになった商品や考え方も、当時としては画期的なものだった。物理的なものもあれば、経営的な戦略などもある。そうした発想が出てくるときは、必ず苦しい時期や自分の目標との深いギャップがある。そうした苦しい中から、新しい発想が生まれていった。「啓発録」を書いた橋本佐内は、まず「稚心を去る」と記し自分の子供心=甘えを取り除いた。これも、自分の生涯を健全な国作りのためとし、全力疾走することを誓うためのものだった。こうしたことは、100mを最高タイムで走り抜けるために息をぐっと我慢している状態と似ている。自分自身を最大限まで引き出すために、極限を作り出す。または極限に遭遇する。極限を作り出すことで、新たな課題や目標が分かってくる。100mを最高タイムで駆け抜けたいのなら、無駄に呼吸を繰り返したり、休憩したりしている暇は、僕にはないのだ。
「自然の物」
秋の季節には、柿、栗、きのこ、さんまなど食べ物が美味しい時期です。その中でも、マツタケは、その王道をいくものでしょう。残念ながら、今までに食べた記憶がないので、味を知りません…。1本数万円するというのですから、どんな味がするのか食べてみたいものです。近年は、輸入や栽培されたものが多く、自然のものと比べると味は落ちると聞きます。自然のものは、やはり味も形もよく、滅多に市場には出回ることもないので、手に入りません。それだけ、貴重なものとなってきているのです。祖父母に聞くと、昔はそう珍しいものではなかったらしく、山のちょっと奥に入れば誰でも取れていたものだそうです。しかし、近年の開発工事や気候の変化によって、自然のマツタケが激減しています。逆にいえば、簡単に取れなくなったから、数万円という値段まで付くようになったのでしょう。そう考えると、数万円で売れる自然のマツタケが生えるところは、宝の山ともいえます。

近年子供たちに大人気のカブトムシやクワガタも、お金で売られるようになりました。いくらくらいするのか知りませんが、これも自然のものを取ってくれば、ただの物がお金になります。

養殖、栽培など人間が手間暇かけるものでなく、こうしたただ同然の物を、取ってきたりちょっと加工したりするだけで、お金になるものは、実はたくさんあります。特に漁業がそうです。自然の海に網さえ仕掛けておけば、あとは天然の魚を捕まえるだけで、お金になっていきます。

また、普段家で飲む水やお茶は、ただ同然の感覚で飲んでいます。水やお茶を商品にしてもお金を払うはずがないと考えていたのが、当時の飲料水メーカーでした。しかし、ペットボトルの普及で水やお茶が販売されると、ジュースよりも売れられるようになりました。

さらには、石ころを丸くきれに磨き、紐を付けてネックレスにしたり、魔よけとして飾りにしたりすれば、これも商品として売れます。さらにさらに、北極の氷でさえも、ウイスキーに入れて飲むとまろやかになるそうで、ヨーロッパ辺りでは売れています。

そして最近登場したのが、酸素バーです。コンビニでも缶入りの物を見かけたことがあります。酸素なんて、どこにでもあるものです。地球上で酸素がないところを探すのが難しいくらい、あちこちにあるものです。しかし、リラックス効果があると付け加えるだけで、これもりっぱな商品として売れていきます。身の回りにあるただ同然の物=原価0円の物が、りっぱな商品として生まれ、そして売れていく過程は、とても面白いです。

こうした商品にはある共通した人間心理が働いていると思います。手間をかけたくないから、珍しいものだから。こうした、時間や手間、簡単には手に入らない物などがあると、人は自然の物であってもお金を払うようです。ただ同然の物は他にもたくさんあることでしょう。ちょっと視点を変えて、商品を見ていくのも面白いですね。
「夜空の光」
先日の金曜日の夜のことです。天神・西新地区では分かりませんが、ここ西区方面では、パラパラと小雨が降っていました。そんなことは構わず、物思いに耽っていた僕は、都会=街を見下ろせる山のふもとに立っていました。もちろん、僕がいるところも市内も雲に覆われていました。そこは、道路はあるものの民家や街灯もなく、真っ暗なところです。あるのは、後ろに山、近くに川で、あとは木々や草が生えまくり、鈴虫やコオロギの音色でうるさいところです。山と山の谷間から街を見下ろせる以外は、大して何も見えません。時折冷たい風が吹いたり、小雨が降ったりしながら、そんなところに2時間くらいボーと立っていました。だから、風邪を引いたのでしょう。当然です。街の先には、福岡空港があるのか、飛行機の離着陸する飛行機が行ったり来たりするのが見えました。

意外だなと思ったのは、周囲に光りもないのに、木々や落ち葉が見えることです。当に日は沈んでいるのに、近くにある物は結構見えるものだなと思っていました。市内の白い雲は、海面のように波を打って辺り一面を覆っていました。

それから少し時間が経つと、少しずつ雲の隙間から、空が見えてきました。黒い夜空です。小さな隙間から徐々に大きくなり、市内を覆っていた白い雲は、遠のいていきます。15分程度でしょうか、市内の頭上は、半分夜空、半分白い雲という状況になりました。雲の動きというものは、動きが速いものです。と、一時ばかり雲に見惚れていた自分に気付いて、辺りを見渡しました。すると、さっきと何か状況が違うのです。はて、何だろうとよく見ていくと、辺りが暗いことに気付きました。15分前のほかに明るかった周囲の状況とは違い、木やバイク、道路さえもはっきり見ることができません。ついさっきまで、近くの木々が見える程度明るかったのに、おかしいと思い考えてみました。雲があったときはほのかに明るかった山の道路でしたが、雲がなくなると急に暗くなりました。街の明かりはずっと一緒なのに…。

少し考えて、ようやく原因が分かりました。山の道路がほのかに明るかったのは、街の光が白い雲に反射され周囲が明るく照らされていたのです。逆に、雲がなくなると、反射される光もなく、また周囲を照らす街灯や民家もない訳ですから、暗くなってしまいます。

一見、夜空に雲がある方が暗く、雲がない方が明るいように感じます。しかし、月もなく、街灯や民家も周囲に一切光がないときは、逆の結果になってしまうんですね。意外な発見に、ちょっと自分でビックリしました。満月でも出ていたら、また違った結果だったかもしれませんが。

飛行機のピカピカと光る光はとても強く、遠く離れたこの場所でも、はっきりと届きます。逆に街灯やネオン、窓から漏れる部屋の明かりなど、街の明かりは、ボーとしているものが多いです。飛行機の光ほど強くはありません。しかし、そうした光が街全体となって明るいと、何キロ離れた白い雲にまで届き反射するようになります。反射された光は、真っ暗な山道までも光照らすようになります。いくら強い光とは言えども、飛行機の光だけでは、雲を照らす力にもなれず、ましてや遠く離れた山にまで反射される強さもありません。

このことは、小学校の先生が言っていたことを思い出します。
「一人一人の力は小さくとも、みんなが力を合わせれば、大きな力となる」
生徒が協力し合う学級ができれば、どんなことでも成し遂げることができる、先生はそういう思いを込めてこの言葉を言い、他校に移って行きました。

小さな光であっても、大切にすること。
そして、小さな光であっても集めることで大きな光となること。
それから、短的な物事の捉え方ではなく、長いものの見方を養うこと。
街から光が発し、雲に反射され、誰もいない暗闇をほのかに照らす明かりがあることを初めて知りました。僕は、もっと大きく長く考えねばならないと、街の光に言われているような感じがしました。
どうやら、今日は風邪を引いたらしく、寝込んでいます。

アイスノンを枕にして、久しぶり寝ています。

熱って、一番高いときよりも、上がっているときや下がっているときが、一番頭がガンガンするものです。
もしかして、今起き上がったから、こんなにガンガンしているだけかも知れませんが、異次元の世界にいるようです。

今日は、もう休みます…。
「プロ論」
フランス競馬の凱旋門賞で禁止薬物が検出されたディープインパクトについて、どのスポーツ新聞も取り上げているそうだ。確かに残念な結果になってしまった。競馬自体には大して興味がないものも、日本の馬がこうして世界を舞台に戦うのであれば応援はしたくなる。検出された薬物は気管支拡張効果のあるイプラトロピウムで、吸入式の薬らしい。つまり、落ちていた薬を食べたというようなものではない。どこかに人間の手が加わってドーピングがされたに違いない。人間のスポーツならば、ほぼ競技者本人が疑われるが、今回は馬だから勝手が違う。誰がどうして薬を使ったのか、はたまた失格を想定しての仕業なのか、現在調査中だが、馬にとってみれば迷惑な話である。

僕は競走馬で知っているのは、有名なオグリキャップだ。それ以外は大して知らない。競馬にはまったことがあるが、それはTVゲームだった。ゲーム上では自分が馬主となり、馬の調教から始めり競走馬として育て、レースに出て儲けていくゲームだった。1週間で飽きてしまったが、そうしたゲームで、競馬という世界を知った。その中で、競馬でレースの勝敗を分けるものとして、騎手の存在が大きいものであると学んだ。馬のスピードを最高に引き出すのは、騎手の技の見せ所だ。しかし、技だけでなく馬との相性も大事になってくる。お互いが良い状態で、コミュニケーションを取りながらレースに臨むのには、相当訓練が必要だ。

今回のディープインパクトの騎手を務めたのは、武豊さんだ。この人の名前を知らない人はいないと思う。数々の記録を塗り替え、史上最年少記録を樹立し続けている。といっても、本人曰く、勝つ確率としては、2割程度らしい。一般の騎手はもっと低い。有名な武豊さんでも、10回中8回は負けレースとなるそうで、負ける確率の方が高いそうだ。やはり勝負の世界とは、TVゲームのように簡単にはいかない厳しいものなのだ。それでもあれだけ武豊さんが有名になっているのは、大きなレースになると必ず勝つからだ。

馬に乗る人間として最も注意しないといけないのが、体重だ。馬に乗る人間が重いと馬のスピードが落ちてしまう。そのため、なるだけ軽い人間が馬を乗りこなすことが重要となってくる。武豊さんの体形は、身長170cm体重50kgだ。この体形で、筋肉が付いているのが不思議だが、この体重をずっと維持し続けているという。自分より身長が高くて、体重が少ない。そこで、ある記者が武豊さんを密着取材した。練習のあと、食事をしたり飲んだりする。体重からして小食だろうと思っていた記者は、何でもがつがつ食べる武豊さんを見てビックリしたそうである。時には、ケーキやお菓子、ビールなども飲むそうだ。
そこで、「そんなに食べて大丈夫なんですか?もうすぐ、レースが近いのに…」と心配して記者が聞いた。すると、「食べて太ることを意識するようでは、まだプロとは言えませんよ。」と武豊さんは答えたそうである。つまり、食べても自然に体重を落とせるよう、自分の体調管理を意識しなくてもできているそうだ。騎手にとって減量とは、生活の一部であり、それができないとなにも始まらないというくらい当たり前のことなのだ。だから、たくさん食べても、練習やレースになると元の体重に戻っているという。プロとは、こういうことなのかと感じた。常に意識をしておくことがプロなのではなく、意識しないでもできるようになるのがプロであるという。常に勝つレースをする秘訣とは、そうした「プロ」に対する意識の次元の違いから起るのだろう。私達も普段生活する中で、身の回りにどんなプロがいるのか探してみるのもよい。そして、自分はどんなプロになるのか、そうしたことも考えてみるのもよい。何かの道でプロを目指すなら、意識をしないでもできるプロを目指していきたいものである。
「るるる計画より」
個人にも企業にも、それぞれ目標がある。それに沿って計画がある。
実は、いつも通っているジョイフルにも、「ジョイフル計画」というのがある。「るるるジョイフル」と音楽に合わせて、TVCMを今年の1月からしているらいかった。知らなかった…。最近メニュー表のところを見て、「ジョイフル計画」の存在を知り、ようやくHPを見て確認した。その「ジョイフル計画」とは、「たべる・しゃべる・くつろげる」という3つの言葉だ。これが、〜る、〜る、〜るの「るるる計画」だそうだ。とてもジョイフルのお店を分かりやすく説明している。楽しさがいっぱいで、ゆったりとできる雰囲気がこの言葉から伝わってくる。なるほど、こうしたことを目標としてお店作りをしているのかと感心してしまう。
ジョイフルとは、決して都心部には作らない。都心部より離れた郊外に店を構えて展開している。その理由は、土地が安く広い敷地を持つことができる。郊外にあることと広い駐車場を持つことで、車持ちのお客さんを主にターゲットにしている。そのため、ファミリーや仕事での移動の人たち、ドライブの人からの利用が多い。さらに、ドリンクバーを取り入れることによって、数時間でもゆっくりくつろげるので、長距離ドライバーの人でも、ちょっとした休憩の場所にもなる。また、店内やテーブルが広いため、落ち着いて話したり勉強したりすることができる。

逆に、この言葉が同じ飲食店でも、高級寿司屋だったらどうだろう。「たべる」はあったとしても、「しゃべる・くつろげる」は、どうも寿司屋のイメージにはならない。僕にとって寿司屋のゴロ合わせは、「いくら・はらえる・たべられる」がぴったりのようだ。僕だけだろうが…。ラーメン店でも、「たべる・しゃべる・くつろげる」は、ちょっと当てはまらない。ラーメン店は、「食べたら、お金を払ってすぐに店を出る」というイメージが強いためであろう。

こうしたゴロ合わせは、一般企業にもある。僕が学生時代に取材に行ったコクヨにもあった。コクヨは、皆さんもご存知の通り、文房具が有名だ。エンピツ、消しゴム、ノートと目に付くもの全てに「KOKUYO」と明記されている。そのため、コクヨ=文房具というイメージが強く植え付けられてしまっている。しかし、コクヨ自体は文房具だけではなく、オフィス家具やおもちゃ、ゲーム、オフィスコーディネートなどもしている。取材前に初めて知ったことなのですが。このコクヨにもゴロ合わせがあり、「ひらめき・はかどり・ここちよさ」という言葉がある。社内では大して期待していなかったが、あまりにも斬新なデザインということでヒット商品になったのが「カドケシ」だ。お客さんの「困った」からひらめきが湧き、生活環境を少しでもよくするために使って気持ちいい商品を提供していきたいというコクヨの気持ちが伝わってくる。カドケシのように、コクヨにもたくさんのアイデア商品が多いのだ。

ジョイフル計画の「るるる計画」とは、お店とお客の目指すものが一致している。コクヨの「ひらめき・はかどり・ここちよさ」の言葉も、消費者側の視点を立って考えるコクヨの姿勢が分かる。日本人は、短歌や俳句にして、自分の気持ちを言葉で表してきた。5・7・5という3つの区分で、しかも奇数の数字で合わせて詠むのがよいとされてきたし、今でもその流れは変わっていない。自分の思いを、小さな数に押し込めていくのは至難の技である。ジョイフルやコクヨの言葉は、5・7・5でも奇数の並びでもない。しかし、簡素で簡潔に伝わる内容で、「る」の動詞で3つや形容詞で終わる言葉が続くと、その思いは十分詰まっているように聞こえる。
と書いておきながら、何を伝えたいのか分からなくなってしまった。とにかく、ジョイフルやコクヨは、こうした言葉の並びを目標として実践している企業である。ならば、個人でもこうした目標設定をして、実践してみてもよいのではなかろうかと思って、今日のブログを書き始めたと思う。例えば、人と話をするときには、「きく・うなずく・わらわせる」とか、ダイエットが続くように「いつでも、どこでも、かんたんに」など設定して実践していくのもよいのかもしれない。こうした計画だと、小難しく考えるより、実践しやすく思える。案外こうした言葉の並びは、街中に多くあるので、今後注意して見ていってみよう。
「季節の花」
ネットの関係でしょうか、昨日はアップができませんでしたので、今日は昨日の分と2つアップします。

金木犀

日本では、四季折々に合わせた植物が育ちます。それと同時に、季節ごとの花も咲きます。春は桜の花、夏は向日葵、秋はコスモス、冬は椿というように、その季節ごとの花を連想するでしょう。

では、みなさんにとって秋は、どんな花をイメージしますか?
僕はですが、秋は金木犀です。実は今週から、家の玄関のところに植えている金木犀に花が咲き始めました。この時期になると、金木犀の独特の甘い香が家中いっぱいに広がります。一般にいわれる金木犀とは、橙色をしていますが、他の種類に銀木犀(ギンモクセイ)というのがあるのをご存知ですか?銀木犀の花ビラは、やや黄色がかった白色をしており、金木犀より香が弱いのが特徴です。この銀木犀は、あまり見かけることがありません。僕も今までに2回くらいしか見た記憶がありません。もしかすると、貴重な存在かもしれません。

花といっても、桜のように木いっぱい咲いて目立つものではありません。枝にぎっしり付いているのですが、花の大きさが5mm程度しかなく、青々とした葉っぱで見え隠れしています。遠くからみれば、葉っぱの中に橙色の花が小さく存在している感じです。とても小さな花ですが、きれいな色可愛らしい花びらで、この花のどこから甘い香が出ているのか、不思議になっているところです。

この時期になるといつも残念に思うのが、こうしてせっかく咲いたころに雨が降ってしまうことです。雨が降ると、花が散ってしまい、今まで香っていた臭いがなくなることです。そのため、今まで咲いても1週間くらいしか咲いているのを見たことがありませんでした。とても短い期間ですよね。どうやら今年は、雨が降らないようですので、もう少し長く香が続きそうです。

金木犀の原産は中国だそうで、江戸時代に持ち込まれました。あの香りは、「Osmanthus(オスマンサス)」という成分があるそうで、非常に変化しやすく、抽出される精油はかなり高価だそうです。以前香水祭りみたいなイベントあったときは、古代エジプトの女王だけがこの香を香水にして持ち歩いていたとありました。大変貴重なものだったのでしょう。中国では、お茶などの香り付けに、花をそのまま一緒に混ぜて飲むそうです。

金木犀の花言葉を調べたら、「謙遜」「真実」「陶酔」「初恋」とありました。花言葉って、どういう意味があるのかよくわかりませんが、何かのお役に立てればと思います。

みなさんは、秋といえばどんな花が思いつきますか?ちょっと図鑑など見て、街を歩いてみるものよいのではないでしょうか?
「見慣れる・見慣れない」
僕の家の近くでは、木々や草がよく茂っています。そのため、鳥や虫がたくさんいます。その中毎日バイクに乗って家を出ていくのですが、そこで今日は、羽根をバタバタさせながら飛んでいる虫を発見しました。バッタかなと思って見ていると、お腹を大きくしたメスのカマキリでした。体が重いのか、普段羽根をあまり使わないためか、飛んでいる動きが鈍くスローで飛び、必死に目的地の壁を目指している風でした。やっとのことで無事に辿り着いたのですが、それを見ていて珍しいものを見たなと思いました。普段あまり見ないものなので、じっと見てしまったのでしょう。この飛んでいたのがカマキリではなく、チョウチョだったら、多分意識することもなく、通り過ぎていたのかもしれません。

同じように、ニワトリやクワガタ、ゴキブリなど、普段飛ばないものが、羽根をばたつかせて飛ぶと、ついついその状況を見てしまいます。滅多に飛ぶところを見ることがないため、今日のように珍しいと思い見てしまいます。これは一つに、見慣れないことから注目する原因だと思います。普段、鳥やチョウチョ、飛行機など、飛んでいるのが当たり前としているためと、その状況にはなんの珍しさも好奇心も湧きません。カマキリなど、見慣れていないからこそ、その状況に注目してしまいます。

では逆に、見慣れている・聞き慣れているからこそ、注目する現象もあります。例えば、絵です。ピカソ、ゴッホと言われる本物の絵画は、なかなか見ることはできません。しかし、コピーの絵などは教科書や雑誌で見て知っていることが多くあります。見たことがある絵を見ると「知っている」としてなんだか落ち着きますが、知らない見たことがない絵だと、色々と不安を持ってしまいます。そして、よく知らないとしては、あまり注目することに至らないことがあるのではないでしょうか。これは、音楽でもあります。例えば、ドラマの主題歌で流れている音楽や、ラジオなどのランキングを聞いて上位のものは、いい曲だと思ってしまいます。これは、その音楽がよいのではなく、聞き慣れているからよいと感じる部分が強くあります。このことは、「考えるヒント」(小林秀雄/文春文庫)の「美を求める心」に書いてあることです。つまり、見慣れている・聞き慣れていることでも、注目する原因になるということです。逆にいうと、見慣れていない絵や聞きなれない音楽には、全く興味を示さないともいえます。

この見慣れていることも、見慣れていないことも、どちらにしても注目させる要素があるのです。実はこのことは、とても危ないことではないかと思ったのです。特に広告やマーケティングのでは、この「見慣れている、見慣れていない」をこの上手に組み合わせて、TVCMを作られているからです。私達の心理状況をよく知った上で、あまり知らないものに関しては、カマキリが飛ぶように珍しさを出し、よく知っているものに関しては、そのイメージを植え付けるようにして作られています。そうやって、色々な手段を使って注目させているわけです。どんなCMでもすぐに踊らされない心理を持っておきたいものですね。
「呼吸を知る」
すっかり紅葉の時期になりましたね。山や林は、赤黄茶緑とたくさんの色で鮮やかに表現しています。とてもきれいです。秋といえば、スポーツや読書をする人がいるだろうし、紅葉を見に行く人もいるでしょう。ハイキングだって楽しそうです。そうしたとき、きれいな景色と温かい気候のため、学校や幼稚園では、遠足というものがあります。先日も、なにやら家の前の通りが騒がしいなと見ていると、幼稚園児の集団がリュックをからって山登り遠足に行っているところでした。

遠足と聞いて懐かしいと思う人も多いのではないでしょうか。何を一番に思い出しますか?行った場所、お弁当、おやつ、ゲーム…たくさんあることでしょう。おやつなどは、300円までとか、水筒にジュースを入れてはダメとか、お菓子を食べながら帰ってはダメとかたくさん制限があり、最後には「家に着くまでが遠足」といわれることもありました。今これを書いていて思いましたが、子供なりにどうやって遠足を楽しむかを必死に考えてやっていたのでしょう。細かい注意まで言わなくてはいけない先生も、大変だなと思いました。

先の幼稚園の遠足ですが、山登りをするのは健康的にも、非日常生活を感じるのもとても良いことです。今や、アスファルト以外歩いたことがない子たちばかりですから、こうした自然に触れることは、心身共に大切なことでしょう。山登りで一番気持ちよいのは、木々に囲まれた中で、ゆっくり深呼吸をすることです。さらに、周囲を見下ろせる景色などがあれば最高です。普段感じない清々しい気持ちになります。意識的に空気を思いっきり吸い込み、そしてゆっくりと吐く。贅沢な時間です。普段私達は、呼吸をすることを意識することはありません。吸って、吐いてと意識的に行っている訳ではありません。心臓が勝手に動くように、肺も横隔膜によって勝手に動かされ、勝手に呼吸しています。そうした中で、山に登ったときに意識的に深呼吸をすると、空気って美味しいと感じるし、大げさかもしれませんが生きていると心から感じることもあります。普段何気なくしていることでも、じっくり味わうとまた違った感じ方をするものです。

呼吸に関して意識的にしたことが、僕の体験でもう一つあります。それは、スキューバーダイビングの体験コースのときです。初めてボンベを背中に乗せ、マウスを口にはめ、インストラクターの方と一緒に海の中へ潜ったときのことです。始めは緊張と不安で呼吸が乱れ、上手く吸い込むことも吐くこともできませんでした。呼吸するって実は難しいことなんだと初めて感じました。ボンベの空気は鉄の臭いがするし、マウスをはめているためゴムの味がするので、普段意識しなかった空気の味を実感しました。5分ほど練習すると、呼吸の仕方にも慣れ、あちこち移動するまでになりました。TVで見たことあるように、空気を吸うと、「スー」という音がします。そして、息を吐くと、「ゴボゴボゴボ…」と音を立てて空気の泡が水面に向って上がっていきます。あぁ、自分は普段こんな間隔で呼吸をしているのか、空気の量って毎回この泡の量分なのかと、吸ったり吐いたりしながら実感していきました。自分が生きている証が、音と泡で分かるような気がして不思議でした。

普段私たちは呼吸をしていることを意識することはありません。意識しないのが普通です。しかし、大事な連鎖反応が体の中で、無意識のうちに毎日行われていることです。紅葉や遠足の話とはかなりずれているようですが、夏に青々としていた草木が枯れ、賑やかだった虫たちがいなくなると、どことなく殺伐とした風景や気持ちになるのが秋から冬です。ちょっとここら辺で、大きく深呼吸をしてみて、普段何気なくしている呼吸から、「生」を考えてみるのもいいかもしれません。

「平生の心がけ」
「平生の心がけ」(小泉信三/講談社学術文庫)の「信なき者は去る」を、以前ビジネスカフェで読んだ。この作者の文章は、誰が読んでも分かりやすいよう優しい文体で書いているのが特徴だ。そのため、一つ一つの言葉がとても丁寧で、文全体も短く読みやすい。しかも、取り扱っている内容が日常生活のものからが多く、考える内容としても奥深いところがある。読みながら、こんな文章が書けたらなと思ってしまった。

この本の中で、「燈台守り」という章がある。
ある船長さんが、航海の先から、灯台守りに礼状を出すという。灯台は、暗い夜や霧の中でも船の位置や行路を示すため、船員にとって大切なものである。航海する人にとっては、命の光ともなるであろう。灯台守りとは、その灯台に光を照らし続け、どんな悪天候の中でも、故障しないために管理する人のことである。航海するときは、何十棟の灯台の光を頼りに進んでいく。しかし、船員は、直接灯台守りに会うことはない。そのため、上記の船長は、自分が無事に航海できていることを感謝の意を込めて、毎回灯台守りに礼状を出しているという。

この章の中に、陰ながら活躍しているお話として、もう一つある。それは、野球のキャッチャーだ。
ピッチャーが投げたボールをバッターが打ったとする。すると、バッターは、もちろん一塁に掛け走る。飛んでいったボールは、内野手がキャッチし、そして一塁に送球する。このとき、キャッチャーは、どうしているかというと、一塁の裏側に向って走っているのである。なぜかというと、内野手が投げたボールが悪送球だったり、一塁選手が上手に捕手できなかったりする場合に備えて、そのフォローとして一塁の裏に回るのである。しかし、この裏に回ったキャッチャーが、ボールを拾うことは滅多にない。ボールが先かバッターが先かでアウトかセーフのどちらかになるが、このとき注目されるのは、「内野手と一塁選手の連携プレー」かもしくは、「バッターの選手」だろう。決して、フォローに回ったキャッチャーには注目されることはない。注目されることはないが、何か合ったときのために、必ずキャッチャーは、裏に回ってフォローの準備をしていなければならない。

相田みつをの言葉に、「土の中の水道管 高いビルの下の下水 大事なものは表に出ない」という詩があったが、どちらの話も、目立つ存在の話ではないが、とても大切な役割を担っている。灯台守りは、船員にとって年中光続けていることに感謝されるのだろう。また、フォローに回ったキャッチャーも、ミスがあった場合にでもすぐ対応できるチームワーク作りをしていることに感謝されるものだろう。私たちは、見えないところで助けられていることが多くあるし、そして感謝すべきこともたくさんある。

僕は、1年前に靴の存在に感謝したことがある。かなり長い期間履いていたため、靴底が減っている靴を持っていた。気に入っていた靴なので、いつも履いていた。するとあるとき、天神を歩いていたら、急に膝が痛くなった。太い針で膝をぐさぁと刺されたような激痛がした。あまりにも急で恐くなり、一歩も歩けなくなってしまった。膝が痛く座ることも歩くこともできず、腰と腰を曲げたまま立っておくことしかできなかった。お年寄りが、膝が痛くて外出したがらない理由が分かった気がした。痛みの原因は、靴で、両膝に負担が掛かっているためであろうとすぐに分かった。たまたま、そこからすぐ側で靴の安売りをしているお店があったので、サイズが合うものを即購入し履いた。すると、さっきの痛みは全く消えていた。歩いているときは、靴を履いていることさえ特に考えない。靴を履いているから、怪我もなく安全に歩けているんだと意識することはない。自分の健康は靴で守られていると、生まれて初めて「靴」という存在に感謝した。

ニューヨークのある美術館では、創立50周年記念が行われた。そのセレモニーの際にテープカットを行うのは、通常代表者か有名人がするの普通だ。しかし、このときは、市長の計らいで違っていた。「創立から1日も休まず館内をきれいに保ってくれているため、現在の美術館があるのです。」と感謝の気持ちを述べ、テープカットには、創立から勤続している掃除のおばさんが選ばれた。

タイトルの「平生の心がけ」だが、実は私達の身の回りにごくごくあることだ。便利さ故に、そのこと自体を意識することもないのが現代人に多いのかも知れない。停電になって始めて、電気の有り難さを知る。最近時間通りに電車が動かなかったことがあったそうだが、そうしたことがあって初めて毎日安全に動くことに感謝するし、時間通りに動くように点検する人たちのことを考えるようになる。渋滞して初めて、スムーズに移動できることに感謝するし、パンクして初めて、タイヤの有り難さを知る。ガソリンも高騰していたから、そうしたときに初めて資源の貴重さを感じる。島国の日本だから輸入輸出に頼っている訳だが、先ほどの灯台の話も、間接的に私達も感謝をするところなのだろう。

私たちは、見えないものや普段気付いていないことによって、便利に暮らし生きていることが多い。何気ないことにでも、人の手が加わっていることであり、またキャッチャーのように助け合って生きているのである。そうしたことに感謝する気持ちを忘れず、常に心がけていたいものである。こうした些細なことからでも発見させてくれるのが、作者のすごさでもある。しかし、残念なことは、こうした文章に出合わないと、感謝する意識を持たないというのは、どこか悲しい。こうした感謝する気持ちの大切さは、サークル活動や読書で学んできたことだ。つまり、感じては忘れ、またこうした文章や出来事に出合ってから、また感じるようになっている。平生の心がけとは、感謝する気持ちを忘れないことではない。作者は誰が読んでも分かりやすいよう文体に工夫しているように、灯台守りに礼状を出す船長のように、フォローに走るキャッチャーのように、相手を思いやる気持ちを失わない努力をすることが大切なのだ。

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「成長の不思議」
赤ちゃんの成長とは、とてつもなく早い。2・3年間で、ぐんぐん伸びていく。抱っこしていた赤ちゃんがハイハイしだし、ふらふら立てたと思ったら、スタスタ歩き出す。感情だって、悲しい気持ちや怒りの気持ちから始まり、徐々に喜びの気持ちを表現できるようになる。ブーブーと言ってミニカーで遊んでいたのに、いつしか街を走る車を見てその名前まで言えるようになっている。人間の成長の中でも、一番著しい頃だ。

僕が生まれたときの体重は、2400gだった。しかし、よく考えれば、身長がいくつだったかは覚えていない。というよりか、足が曲っている状態なので、測定などしているのだろうか。
日本の赤ちゃんの平均体重は3000gちょいくらいだ。乳幼児とは、短期間に体重と身長のどちらともが一気に成長する時期だ。この成長の具合が実は面白い。体重と身長のどちらともが同じ時期に成長しているかのように見える。しかし、これを細かくグラフにしていくと、体重がある程度増えると、次に身長が伸びる。身長がある程度伸びたら、また体重が増えて、止まったら、次に身長が伸びる、という風になっている。つまり、グラフにすると体重と身長は直線の比例のグラフではなく、階段状になった交互に増えていくグラフとなる。ただ、赤ちゃん本人を見ていてもそう気付くことはない。僕も妹と弟がいて赤ちゃんのころを覚えているが、いつ大きくなっているのかよく分からない。近所の人から、「大きくなりましたね」と話されても、どこがどう大きくなっているのかよく分からない。毎日見ているから、その違いが分からなかったのだろう。逆に、親戚の赤ちゃんを見ると、2〜3ケ月見ないだけで、全く違うこと分かる。一回り大きくなったのが一目で分かるし、歩き方や言葉の発し方の違いも大分違ってくる。「あれ、前に会ったときよりもこんなに成長したんだ」と驚くばかりだ。赤ちゃんとは別で、大人になると、身長は固定されていくが、体重は変動することがある。

成長に関して、不思議だなと思っていることが、人間の体の部分にもある。今年の夏頃だったと思うが、アメリカの女性がギネスの記録を塗り替えたそうだ。その記録とは、ご存知の方もいると思うが、「爪」の長さだ。確か、20代から切らなくなって、それ以来20年間くらいずっと伸ばしっぱなし。詳しい長さは覚えていないが、5本指から伸びた爪を見ると、本当の魔女だと思ってしまう程だ。それでも、日常生活に支障がなく過されているからすごい。前回の記録保持者も実は本人ということで、これからも切らずに伸ばし続けるのだろう。
人間の部分で爪と一緒に伸び続けるのが、髪の毛だ。人によって差はあるが、毎日数何mmずつ伸びているそうだ。ある民族の女性達は、生まれてから一度も髪を切らない風習がある。一度TVで見たが、身長の2倍の長さの髪の毛の人もいた。髪といっても3mくらいあれば、かなりの重みであろう。爪や髪の毛は、人間が生きている間、切らなければ永遠に伸びていくものだ。男性の髭だって、伸ばそうと思えば、どこまでも伸びるものなのだろうと思う。

そこで、爪や髪とは違って同じ体毛でも、手や足・眉の毛は、伸び続けることがないのが不思議だ。剃ったり切ったりしても、ある一定以上は伸びることはない。ホルモン関係なのかもしれないが、なぜ伸びないのか詳しいことは知らない。

脳も成長をする。ただし、「三子の魂百まで」といわれるように、実は脳の成長自体は、3歳頃までだそうだ。体は成長しても、3歳以降脳は退化に向っていくという。記憶力も高校生のころが絶頂だという結果がある。

身長は固定されるが、体重は変動する。また、爪や髪の毛は伸び続け、手や足・眉の毛はある一定以上で伸びなくなる。しかし、脳は、早い時期から退化していく。自分の体ではあるが、人間の成長とは、不思議がいっぱいだ。
「あだ名」
いい加減髪が伸びたので切りに行こうと思い、いつものところに行った。すると、すでに閉店モードにかかっており、最後のお客さんの仕上げをしているところだった。「すみません、今日はもう…。明日またいらして下さい」といわれたが、今日切りたいと思い、あちこち探した。夕方19時を過ぎると結構閉まるところが多いようだ。ある店などは早く閉じ、人形相手に髪を切るスタッフの姿もあった。最近では、コンビニのように24時間の歯医者やペット病院、飲食店というのは増えてきた。しかし、24時間もしくは夜遅くまで開いている美容室や床屋というのはあまり聞いたことがない。
19時というと時間が遅いのかどうかは分からないが、仕事を終えた社会人が利用しそうな気がするので、営業しているイメージが僕にはあった。しかし、17時半から19時までという閉店時間が、どこも多かった。逆にいえば、美容室や床屋の集客時間は、昼もしくは夕方前となるのだろう。今日の意外な発見でもあった。

24時間のお店に慣れひたしんでいるため、何か欲求を持つとすぐに解消できると思ってしまうのが現代人なのかもしれない。現に、どんな時間帯であろうと、喉が渇いたり小腹がすいたりしたなら、コンビニへ。深夜でもお腹いっぱい食べたいなら、24時間のファミレスへ。夜中歌いたいならオールナイトのカラオケへ。欲求を持ったら、いつでもどこでも我慢せず、お金を払えば満たすことができる世界となっている。そんな世界の中で、髪を切れないのはなぜだろうと思いつつ、家に向かっていた。

と、いつもの帰り道に、なんと今まで気付かなかった床屋さんを発見した。チェーン店のようだったが、20時でも営業していた。どうやら考えすぎだったのだろうと思い、中に入ってカットだけをお願いして、椅子に座った。

すると突然、
「あっ、くまじ!」
久しぶりに聞くその3文字の響きと声だった。その声の主を見て、
「あっ、やっぺ!」
すかさず声に出してしまった。彼は、小学・中学の間、ずっと同じ仲間として、遊んできた友達だった。彼は、お父さんが床屋をされていて、その姿に憧れ、高校卒業後、この道に入り現在修行中。将来は、お父さんの床屋で一緒に働くのが夢だ。入社2年間は、仕事と夜間スクールで働き詰だったが、その甲斐あって、無事国家資格も取得できたと前に聞いていた。まさかこんな近くで働いているとは知らなかった。しかも毎日この道路を走っているのに、店があることさえ知らなかった。今は、ここのスタッフをしているらしかった。

顔を見た瞬間思い出すのが、名字や名前ではなく「あだ名」というのが面白い。僕のあだ名は、小学校のときにはかわいらしく「くまちゃん」だった。それが高学年になってから「くまもとじゅんいち」の省略で「くまじゅん」となり、中学になってさらに略されて「くまじ」となっていった。このあだ名は、10年くらいずっと呼ばれ続けたものだった。そのため、このあだ名で呼ばれると、「はっ!」と体が反応し、とても懐かしい気持ちになった。

僕が口にした「やっぺ」という彼のあだ名は、小学校のときに付けられたものだった。由来も一応あったが、今ははっきり覚えていない。

小学校や中学校などは、あだ名の付け合いをしていたものだ。僕のように名前の一部から取ることもあれば、顔が似ているとか、歩き方、持っている荷物、キャラクター…など、何かにつけてその人に「あだ名」を付けていたように思う。そうしたことは、それが普通だったし、呼びやすい、浸し見やすいから付けて合っていたのだと思う。先生にも付けて、隠れて呼んでいたこともあった。仲良しの間で「あだ名」を呼び合う。時には挨拶代わりに「あだ名」を連呼することもあり、他から見ても面白い世界だ。あだ名で呼び合えば、不思議と「許し合う仲間」と感じるところがある。「あだ名」は、その世界でのみ通用するパスポートみたいなものだろう。

ほんの一瞬「あだ名」を呼び合っただけだったが、昔のことを思い出した。彼は野球部、僕は陸上部。帰る方向が同じだったので、よく一緒に帰った。陣地取りゲームもよくやった。アメリカザリガニもよく取って遊んだ。いろいろ懐かしい思いが湧き起こった。
結局、お客さんが数名いたので、個人的なお話ができず、残念ながら「やっぺ」とはそれ以上の会話はできなかった。最後に連絡先を渡して帰ったので、近いうち、電話がかかってくるかもしれない。そのときは、たくさん話そう。
「塩がある生活」
食品でありながら、賞味期限がない食べ物ってなんだかご存知ですか?
それは、塩です。塩は海水や岩塩から作られます。大変安定しているものなので、腐る、黴が生えるなど一般食品に見られるような変化がありません。保管中にゴミなどの異物が入ることがなければ永久に食品として使えそうです。そのため「賞味期限」は記載されない食品は、塩なのです。

塩は、海水をろ過したり、加熱し海水を蒸発させたりしながら、作っていきます。最も原始的な作り方は、浜辺に砂の山を作ります。そこに、何度も何度も海水をかけていきます。日中日に照らされた砂の山は、乾燥していきくので、だんだんと山が白くなってきます。これが、塩です。砂を取らないようにして、塩を取っていきます。この方法が一番簡単ですが、しかし、時間がかかる上に少量しか取れません。どちらにしても、作るのには、手間隙かかるようです。

現在食事で問題となっているのが、塩分の取り過ぎによる高血圧です。そのため、塩は1日10g以下にしなくてはなりません。高齢者の場合は、7か8gです。現代の生活習慣病を引き起こす原因にもなりますから、気を付けないといけません。とそうはいわれても、出てきた料理に何グラムの塩が入っているか分からないし、自分で作ったとしてもなかなか何グラムまで計ったりはしません。そのため、頭で理解しているくらいで、塩に対してそう意識したことがありませんでした。

そんなとき、僕が塩の大切さを知ったのは、以外にも身近なところでした。
「ふ○ちゃんラーメン」という結構有名なラーメン屋さんのご主人とお話したときのことです。
ご主人は、サラリーマンの傍ら、行き着けのラーメン店のお手伝いをしていました。しかし、そのラーメン店の店長が体を壊してから、本格的にラーメンで生きていこうと決め仕事を辞め、ラーメンの道に進むようになったそうです。
ラーメンの味の決め手は、一体なんなのか?それすらも知らずに、修行の毎日だったそうです。麺、スープ、とんこつ味を出す豚肉…、と色々思いつく限り試したそうですが、最後にたどりついたのは、やはりラーメンも塩だったそうです。
そのため、ご主人も、日本全国の塩を味見していったそうです。あっちにいい塩があると聞けば現物や作る工程を見に行くし、こっちにもいい塩があると聞けば味見をしに行く。塩でもたくさんの種類があるため、幾度となくためしてこられたそうだ。現在、この「ふ○ちゃんラーメン」は、2代目の息子が継いでいるが、同じように塩に関しては相当こだわっています。
お恥ずかしい話、ラーメンに塩が入っていること自体あまり意識したことがありませんでした。お話を伺っていると、塩に命を掛けているような感じにも聞こえてきました。塩加減とは、日本料理のイメージにしか頭にありませんでしたが、ラーメンの世界にも塩が味の決め手になるんですね。

かの徳川家康はある日、側に仕える阿茶の局(つぼね)に、「この世で一番うまいものは何か?」と尋ねると、局は、「それは塩です。山海の珍味も塩の味付け次第。また、一番まずいものも塩です。どんなにうまいものでも塩味が過ぎると食べられなくなります。」と答えたそうです。塩はさじ加減ひとつで、他のものの味を引き出します。指導者もまた、家臣の心を巧みにとらえ能力を引き出すことが肝心だ、と家康は局の言葉に深く感銘し、以後教訓としたといいます。

塩って、不思議ですよね。しょっぱいはずなのに、スイカなどにちょっと付けて食べると、甘さがぐっと引き立たちます。自分自身はしょっぱくて嫌われているのに、他の手助けをすると上手に持ち上げます。しかしそこには、加減を知っていないと恐ろしいことにもなります。生活にはなくてはならない塩。その塩から、なにか人生教訓のようなものが学べそうな気がします。
「マイお箸」
近年、居酒屋などの飲食店や学校の食堂などで、割り箸を使うところが減っているという。その代わり、プラスチックのお箸が使われるそうだ。これは、割り箸のコスト面と資源を大切にしようとする面があるためらしい。確かに、割り箸は、一回使用しただけでゴミと化してしまうのはもったいない。それならば、洗って何度も使えるプラスチックのお箸の方が、何倍もいい。

一本の割り箸といっても、毎日200人もお客さんが来れば、年間のコストも相当なものだろう。一本の木で何本の割り箸ができるのか知らないが、日本全国の飲食店が割り箸を使用するなら、確かに自然の破壊にもつながっていくことになる。現在、国内の木材が減っているため、輸入された木を使って割り箸を作っているそうだが、年々割り箸の値段も高くなっているというニュースを聞いたことがある。一本の割り箸でも、バカにできないものだ。

そこで最近人気となっているのが、「マイお箸」というものだ。旅行のときは「マイ枕」、外食のときは「マイ調味料」、買い物のときは「マイ袋」といわれるように、食事をするときは気に入ったお箸使うのだそうだ。もちろん、お箸は持ち歩く。その理由には様々あるようで、他人が使ったお箸を使いたくないからとか、オシャレなお箸で食べると美味しいからとか、洋食でもお箸で食べたいからがある。

この割り箸のことを聞いて、小さいときに見た「日本昔話」を思い出した。
大金持ちになったある大名が、そのお金の使い道に困ってしまった。最初は、大きな屋敷や遊びに使っていたが、それも次第に飽きてきた。それでも、お金は有り余っている。さぁ、どう使おう?そこで考えたのが、割り箸を使うことだった。どうしたかというと、一口食べたら、その割り箸は捨てる。次に口を付ける箸は、新しいものを使うとした。そうすると、全てのお金を使い切ることができるだろうと考えたからだ。そのため、一食食べるのに、何十本と箸がいる。それを毎日続けた。使った箸は、裏庭に捨てるのだが、毎日毎日溜まっていき、山のようになっていった。何十年もすると、このお箸の山がさらに大きくなり、そこからコケや草、木々が育つまでになった。すると今度は、割り箸を作るために周囲の木々を切り過ぎて、見渡す限り木が無くなり、薪が作れなくなった。そのため、お箸を捨てた山にできた木々を売ってさらに儲けた、というお話だった。

現実問題、そうそう簡単にはいかないお話だろう。やはり、使用済みの割り箸は、燃えるゴミとして処分されてしまう。マイお箸とは、いつもカバンに入れ、使った後ももちろん持ち帰る。今はまだ浸透していないせいかもしれないが、10年20年すると、資源を今以上に大切にする時代となり、これも当たり前のこととだろう。お店にとっても無駄な洗いものが減るし、コスト面でも非常に助かる。さらに自然にとっても、無駄な木の伐採にならないしゴミにもならないので、よい試みである。

ここ最近お箸で問題だと思うことは、正しく箸を握れない子供が多いということだ。どこかの保護者では、なぜ学校で箸の握り方を教えないのかと訴えたそうだ。僕の感覚からいえば、箸の握り方や食事のしつけは家庭で教えるものと思っているが、これも共働き重視で親子一緒に食事をする時間が減ったからなのだろう。マイお箸ブームに乗って、子供のお箸の使い方や食事のしつけを見直す機会になっていくとよい。

日本に洋食が取り入れられてから、スプーンやフォークを使う機会が多くなった。しかし、スプーンやフォークを使うと、動きが単調になってしまう。お箸を指先で器用に扱うことの方が、脳の活性化につながっていき、体が固くなっていく高齢者やボケ防止として勧められている。これからの外食産業では、食事をする以外にも、食事のマナー・しつけを教えたり、お箸から学ぶ日本食文化を学んだりできる新サービスが起ってくるのも面白いかもしれない。
「味覚の分岐点」
みなさんは、コーヒーやお酒は好きだろうか?いつ頃から飲めるようになったか覚えているだろうか?
どちらも、始めは苦くて美味しくないと思っていたものが、今や毎日飲むまでになった理由はどうしてなのか、自分の体験談だが、ちょっと思いだしたので書いてみたい。
実は僕は、中学生までインスタントコーヒーが大嫌いだった。全く飲めなかった訳ではないが、とにかく苦くて美味しいと思うことがなかった。コーヒーには、眠気覚ましの効果があるので、テストや受験前などは一種の薬だと思って飲んでいた。当時は、コーヒーを見ると、気分が悪くなりそうなくらいあった。しかし、18歳前後になって、急に、ポッとおいしく飲めるようになった。ブラックにも関わらず、苦くなく美味しく感じて飲めるようになった。以前のインスタントコーヒーと比べて質がよくなったのかもしれないが、何の抵抗もなく飲めたことは、とても嬉しかった。

コーヒーと同じように、ビールもそうだった。小学生の頃、父親が美味しそうに飲んでいるのを見て、せがんだことがある。一口というよりもなめる程度だったが、ビールの味を知った。そのときは、誰もが最初は感じるものだろうが、ものすごく苦かった。こんな腐っているものは飲み物ではないと思った。冷酒も同じように味見をしたが、舌がぴりぴりするのを感じた。それが、不思議と18歳以上になると、ビールやお酒が美味しく感じるようになる。強い弱いがあったり早年だったりするかもしれないが、人は年頃になると、ある程度味というものが分かり、飲めるようになるらしい。 ここ2〜3年は、全く飲んでいないが…。では、なぜこのように、あるときからポッと飲めたり美味しく感じたりするのであろうか?

以前、ある授業で面白い実験の話を聞いたことがある。生まれたばかりのある双子の赤ちゃんの実験だ。赤ちゃんの一方には、まだハイハイができないうちから、階段上りの練習をさせ続けた。また、もう一人には、全く練習をさせなかった。そしてようやく二人が歩けるようになったとき、階段上りをさせた。実は、2人ともほぼ同じ時期に、階段を上れるようになった。練習を続けてきた赤ちゃんも全く練習をしてこなかった赤ちゃんも、同じ時期に階段上りができるようになった。この実験の結果では、「人間には、能力吸収の適齢がそれぞれあり、それに合わせて外部刺激を行うと、早く覚えてしまう」というものだった。弱に言えば、適齢でないときは、いくら練習してもできないというものだ。そのため、親は、子供の適齢能力を見抜くことが大切だとあった。

コーヒー、ビール、お酒を小さい頃から美味しいと飲める人は殆どいない。美味しくない飲み物を美味しいと思えるようになるのは、もしかしたら、上の実験のように、味が分かる適齢というものがあるのかもしれない。味覚の分岐点ともいえそうだ。味覚の発達なのか体質なのか、詳しくは分からないが、今までは、美味しくないと感じていたものが、あるときパッと美味しく感じるときがくる。つまり、その適齢までは、苦くておいしくないとしか感じなかったが、適齢を過ぎると美味しく感じるようになる。(大した根拠もないが)始めは苦くて美味しくないと思っていたものが、今や毎日でも飲むまでになった理由は、この適齢を越えたからかも知れない。
「外食物語」
「外食王の飢え」(城山三郎/講談社文庫)
久しぶりに創業の本を一気に読んだ。といっても6〜7時間はかかってしまっているが…。本のタイトルにある通り、外食産業の物語だ。みなさんは、外食をよくされるだろうか。実はこの小説は、みなさんも聞いたことがあるお店を元に書かれたものだ。「レオーネ」は『ロイヤル』を、「サンセット」は『すかいらーく』をモデルとしてあり、「あっ、知ってる」という人も多いのではないだろうか。外食産業が日本でどう展開していったか、その創業の物語が綴られている。僕自身ロイヤルで数ヶ月間バイトしたことがあるので、この本にはとても興味があった。しかもロイヤルの創業は、ここ福岡である。そのため、本書にも所々福岡の地名が出てくるので、小説を読む以外にも勉強になるところが多かった。

「レオーネ」を全国展開させていった大きな野望を持つ主人公倉原は、常に「自分は世界の中心だ」と考え、「運がいい男」として行動していった。しかし、その最初の職は、意外にも飛行機が好きだからという理由で、飛行機見たさに米軍のコック見習をする。この経験が後に、パン、アイスクリーム、機内食、そしてレストラン事業という食の一流店を築く土台となる。一流にするためには、味にもうるさかった。試食は全て社長である倉原が行い、一日に5食6食も口にして毎日繰り返していたという。その反動から、夜は胃袋の中を戻す生活を繰り返していたため、生涯で3度の大手術を行っている。胃を1/4も切る手術もした。腸も悪くなり手術をした。便通の調子が悪く、浣腸する日々も続くが、それでも試食を続けたというのだから、驚きだ。外食産業の飽くなき野望が、ひしひしと伝わってくる。

そこへ、田舎から出てきた兄弟3人組がレストラン「サンセット」の事業を始めていく。もちろん、ど素人からの出発ではあったが、数年後、「レオーネ」と争うことになっていく。「レオーネ」は一流を狙い、「サンセット」はファミリー向けを狙う。経営者のタイプ、気性、経営手法、展開戦略など全く違った2人だが、日本の外食産業の展開でお互いがぶつかっていく。その奮闘振りが、本書で知ることができる。

調理師や料理人というと、いかにも職人気質があるのが日本だった。そのため、食を産業として捉えることがなかった。この本でとても興味深いところは、外食という「食」へのこだわりだけではなく、食を産業の一つと見なし事業展開をしていくところだ。もちろん、これにはアメリカの影響も大きい。スピード、効率化、安さ、味、コスト削減、人材育成なるコックの養成学校、人材の適材適所、そして、多店舗展開と今までの日本になかった外食への概念を広めていった。そこには、食を通して、流通面、サービス面への改革が大きな柱となっていった。
その一つが、日本でもいち早く取り入れた「レオーネ」のセントラル・キッチンというものだ。今までのレストランは、コックが仕入れをして、1から仕込み作りをしてきた。しかし、これでは、時間も人権費もかかるし、さらには店舗ごとの味の統一ができない恐れがあった。そこで、皮を剥いたり湯がいたりする仕込みだけを行うセントラル・キッチンという設備を整えた。仕込みを終えた材料を各店舗に送るだけで、後はコックが簡単な調理をするだけで、味の統一化とさらにコックの時間とコストが削減が可能となった。

実際にバイトをしているときに、このお話を店長から聞いたことがある。
昔、カルボナーラのソースは、各店舗で作っていたそうだ。ただ、材料が卵ということもあり、なかなか同じ味を各店舗出せないでいたそうだ。そのソースをセントラル・キッチンで作るようになってからは、作る手間が省け、さらに調理もしやすく、味も各店舗で同じに出せるようになったという。「味」も効率化されたのだと初めて感じたときだった。

僕が、この本を読んで、「あっ、そうだ」と自分に照らし合わせて考える部分は、「レオーネ」の創業過程ではなく、「サンセット」の社長の言葉にあった。
「何かできないとか、知らないとかいうことを、気にすることはない、自分に何ができないかを確認すればいい。自分でできることは120パーセントやり、できないことは、できる人にたのむ。そうしながら、みんなが一人残らず走っていることで、サンセットは成り立っている」
なぜ、この言葉が印象に残ったかは分からないが、「レオーネ」よりも「サンセット」の手法が好きだったからかもしれない。実際にバイトをしたことがある「ロイヤル」や、小さいころによく食べにいった「すかいらーく」は、いつでもゆっくりすることができるイメージがあった。外食企業以外、全く関係のない2つの企業のようだが、その背景には、多店舗展開するライバル同士だったという。ライバル同士展開から2人の「とにかく前に進まなければ」という雰囲気には、現在の外食産業を知る手がかりがたくさん詰まっている。外食だけでなく、流通や商社に興味がある人は、一読してみると、さらに視野が広くなることでしょう。
「マスコミと思考」
以前ブログで、「考える技術・書く技術」の本の中で、日本人学生の「書くこと」についてのアンケートのことを書いた。その多くの回答が、「なるだけなら書きたくない」という文章嫌いの学生が多いと書いた。その本の続編で、「続考える技術・書く技術」(板坂元/講談社現代新書)を昨日買ってから読んでいる。この本の冒頭は、「アメリカ人」にも書く機会が減り文章能力が低下したことが述べられている。そのため、教育機関では、レポートや試験の際に、長文を書かせるようにしているそうだ。この本が出されて約30年経っているので、現在どういう状況になっているのか興味深いところがある。日本でもアメリカでも、「書くこと」については、同じように深刻な問題となっているようだ。

以前僕は、TVから映像や音声で情報がばんばん流したり電話で用を済ませたりするならば、新聞や本などの活字が無くなる時代も来るのかなと思ったことがある。SF映画の影響かもしれないが。しかし、それは全くの逆で、今やTV、インターネット、メール、雑誌、マンガ、ゲームなどでも、文字に触れる機会は多くなった。昔は無かったTVのテロップ、インターネットの画面、メールや雑誌にも文字が並ぶ。だが残念なことに、これらの文字というのは、思想や感情を連ねた文章ではない。何ページにも渡って理論的に述べられた文章のように、考えさせるものではない。文字や短文のみでは、考えるきっかけにはならない。読書離れとも重なり、「文章」を読む機会は確実に減っている。さらに、上記であるように「文章を書く」ことも、減っている。「人は、書くことなしに考えない」という小林秀雄さんの言葉から、文章を読まない・書かない時代となっており、つまり人間の思考がストップした時代にもなったように感じる。

「続考える技術・書く技術」(板坂元/講談社現代新書)で、ベストテンのランキングについて面白い記述があった。ベストテンといえば、TV、インターネット、雑誌などで、本や映画、CD、食べ物などの人気ランキングが今月や今週と区切って掲載してある。
「1977年3月号のアメリカの『モアー』誌が、ベストセラー作りの裏幕を暴露した内容が掲載された。それによると、『ニューヨーク・タイムズ』と『パブリッシャーズ・ウィークリー』のベストテンのリストは、科学的ではないという。出版社は、自社の本をベストテン入りさせるために、有名小売店に、大量に買い入れさせる。または、『ニューヨーク・タイムズ』にワイロを払い、嘘のリストを掲載させる。こうした人工的に作ったリストが、偉大な力を発揮するようになる。「あの本は、有名小売店に置いてある。○○誌のベストテンに入っている」と噂になり、全国大多数の小売店も、他の本を引っ込めて、その本を大量に買い込むようになる。すると、TVや雑誌、書店で多く見かけるようになる消費者は、購買意欲が高くなる。それが連鎖的に起ると大量に売れ始め、次週からは、本当にベストテンの地位を固めていくようになる」という内容が本書に掲載されている。作為的に作られたリストが、本当にそうなるという。つまり、ベストテンになるように、ランキングしたり販売したりしていることもあったそうだ。

ランキングすることにより、読者が盲従して買うようになる。ベストテンの上位に入ると、それだけで良い本だと信じ込んで買う人が急増するのは、マスコミの意のままに動かされたことになる。マスコミの力を上手く利用したことになるのだろうが、それ以上に消費者が自分で判断できなくなった証拠でもある。自分の頭で考えなくなり、マスコミのみの情報をどんどん受け入れる人間が増えているのだろう。冷たいものが背筋を走る思いがする。

先進国の学生が「書く」ことを苦手としている理由の一つは、TVや雑誌の影響があるのかもしれない。やはり受身として、物事を捉えてしまっているのだろう。自分で良書を見つけて、自分なりの読書生活を作り上げることをせず、雑誌やTVなどのベストセラーのリストに従順に従う人が多くなった。全てがマスコミの情報が正しいと思いこんでしまっている部分がある。すると、考えなくなる。私たちは、自分で考えることをしなければならない。自分で判断しなければならない。そうするために、著者は、「書くこと」を勧めている。鉛筆一本と紙切れだけの安上がりな方法で、もっとも知的に自己表現をすることができ、暇さえあればいつでもできるからだ。どんな情報においても自分の思考で考えるきっかけを与えて抵抗力を養うためにも、書くことは必要なのだ。思考の訓練になってくるなる「書く練習」は、通信手段が発達した時代でも必要とされていくことだろう。
「乱読」
朝

朝6時頃の風景。自然の色ってとてもきれいだ。

今週一週間は、色んな種類の本を読んでいた。マーケティング関係、イベント関係、お金に関することや経済、論語…、本棚を見て気になったものを手にとって読んでいた。意図があって読んでいたのではなくて、パッと気になって読んでいたのが本当のところだろう。そのため、正直頭にはあまり入っていないように思う。

その中に、久しぶりに「論語物語」も読み返していた。やはり子路という人間は、僕と似ているところがあるように思う。「志をいう」というお話がある。登場人物は、子路と顔淵、そして孔子だ。子路は、自負心が強くて、物事を浅っぽく考える癖があり、孔子から叱られる回数も多かった。しかし、門人の中でも、孔子から一番愛されてもいる存在だった。顔淵は、頭の回転が速く、一を聞いて十を知る持ち主である。それを誇らず、そして誰でも尊敬の念を持って接しいた人だった。

ある日、子路の姿勢を正そうと、孔子は、顔淵と子路の3人で話す場を作った。そこで、孔子は、それぞれの理想というものを子路と顔淵に話させ、子路に何かを気付かせようとした。子路が理想を述べた後、顔淵の理想の話を聞いてもピンくるものがなく、物足りなかった。そこで、孔子にも同じことを伺うことにした。子路の鈍さに驚きながらも孔子が自分の理想像を答えると、それを聞いていた子路は、ありふれた答えと写ったらしく、「孔子様の理想というものは、そのくらいだったのか」と拍子抜けした。しかし、今回こそ孔子に近づける答えを言えたと思って聞いていた顔淵は、顔をうな垂れた。まだまだ、自分は孔子に近づけないと感じたからだった。孔子は、子路に気付きを与えるためにその場を作ったのだが、逆に顔淵に深い気付きを与えてしまった。その後も孔子は、子路への配慮をどうしたものかと悩んだというお話だ。

なぜ、この話を書いたかというと、顔淵のように深い思考力を身に付けたいと思うからだ。顔淵は、すべて自分のことに置き換えて考えていた。しかし、僕は、何か注意されてもその場では気付かったり、発言した後に何か足りないと感じたりすることが多い。質問されたときに、サッと答えを出せることは確かに大切なことかもしれないが、それ以上に「自分の考え」をはっきりいえるようになりたいものだ。

今週本を読んだにも関わらず、その要点を言えない、捉えられていないということも同じことだと思う。浅いところではなく、もっと深いところで、物事を見極められるようにならなければ、同じところをぐるぐるしているように思える。さらには、顔淵のように、誰の意見に対しても同じような態度で聞ける姿勢も身に付けていきたい。乱読というか、心の迷いが色々な本に手が伸びている証拠だろう。顔淵のように、自分と向き合わなければ何も始まらない。

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「雨の姿」
朝4時頃だったでしょうか、ものすごい強い雨と風でしたね。あまりの音にびっくりして窓を開けると、普段部屋には入り込まないところまで、濡れてしまいました。ほんの一瞬だったにも関わらず、すごい勢いだったのが分かります。また今回の強い雨のせいで、太平洋側は被害が高まることでしょう。

「雨」と聞くとほとんどの人が嫌いだと答えるのではないでしょうか。濡れたり、気持ちがどんよりしたりするからです。ある人は、曇りや雨模様になると頭痛がする人もいます。天気で体調が左右されるのは、確かに大変です。また、普段土になっているところが泥になったり、道路に水溜りができたりして、洋服やカバンが汚れる原因にもなります。一番やるせない気持ちになるのが、歩道にあるいている横に車が通って、水がかかってしまうことです。せっかく傘をさしているのに、横からの水には対応できません。ズボンも靴も濡れてしまっては、やる気もなくなるものです。

確かに、濡れたり汚れたりするのは、誰でも嫌なことです。でも、振っている雨を見るのはどうでしょうか?
実は、僕は、じっと見ているのが大好きです。どのくらい地上と離れているかは知りませんが、何千メートルから降ってくる雨を想像しるのが意外に面白いからです。振るのと同時に、世の中を浄化しているようにも見えます。幼い頃にはよく遭遇した、夕立があります。季節は、夏ですが、昔ほど夕立の回数が減ったように思うのは、僕だけでしょうか?外で遊んでいるときに、突然ザーとものすごい勢いで振ってきます。が、10分もすれば、またサッとあがって日が照ります。人はどこか屋根があるところに隠れれば大丈夫ですが、せっかく乾いた洗濯物がまた濡れてしまうのが大変です。でも、その後の虹を見つけるのが楽しかったように思います。

雨の概念や雨に対する考え方は、その土地によって違うそうです。
イギリス、ドイツ、フランスなど西洋の温暖な地域では、雨を「悲しいイメージ」で捉える傾向が強いそうです。
アフリカや中東、中央アジアでは、雨が少ない乾燥地帯のため、「楽しいイメージ、喜ばしいもの」として捉えられる事が多く、雨が歓迎されています。
日本では、水田や山林など生活に大きく関係しているため、「喜びのイメージ」もあれば、洪水をもたらし田畑を壊すことから、「悲しいイメージ」もあるそうです。

雲にも名前があるように、雨の強さや降り方で雨にも色々と名前があります。小雨、天気雨、通り雨、夕立、霧雨、小糠雨、時雨、驟雨、慈雨、涙雨…、これらの雨の名前を使って、昔は和歌を読んだそうです。日本の和というものを感じますね。みなさんは、雨を見て、どんなことを感じますか?